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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
福岡県立図書館 (2110014)管理番号
(Control number)
福郷-153
事例作成日
(Creation date)
2021年05月04日登録日時
(Registration date)
2022年01月25日 15時39分更新日時
(Last update)
2022年01月25日 15時39分
質問
(Question)
ビルマ戦(昭和20年)で戦没した福岡県出身の「新富卯三郎」について知りたい。
回答
(Answer)
当館人物文献検索で確認。
参考資料1『完全版 プロ野球人国記 九州・沖縄編』p.42-43に、「ベーブ・ルースを中心とする〝世界最強チーム〟と銘うった米大リーグ選抜チームが来日した34年、招待主の読売新聞社は、総力をあげて迎えうつ全日本チームを編成する。それが、のち東京巨人軍の母体となるのはよく知られているが、そのとき、中学(旧制)からからかけつけたのが…(中略)…野手ではただひとり、新富卯三郎。大学出や、実業団球界で大いに活躍してすでに名のある選手の中で劣らぬプレーをみせた。米大リーグ選抜チーム相手で、5打点、6得点は、ともに全日本チームのトップだったというから立派なものだ。兵役のあと、39年秋から阪急でプレーしている。小倉工時代は捕手だったり三塁を守っていたりしたが、プロでは主に外野手で、『その打棒、大いに振(ふる)った』と古い記録に残っている。」とある。

上記から小倉工業高等学校出身であったことが分かるため、同校の学校史を確認。
参考資料2『創立六十周年記念誌』p.102の昭和5~7年の出場記録の中に「新富」の名がある。

参考資料3『創立七十年史』p.120に「初代の野球部長井上幾次郎教諭(在任大正11年2月~昭和14年10月、昭和33年逝去)に率いられたメンバーには、投手植田をはじめ、高橋・新富・山田・藤本選手らの攻守にわたる練磨の名手が揃っている」と、p.127に「新富卯三郎(昭8電)巨人軍結成と同時に入団、沢村、苅田、水原等の名手に伍して一塁、左翼を守り、四番打者として活躍、のち阪急に移籍後も四番打者として名声をあげていたが、南方において惜しくも戦死した」とある。また、p.220-236の「〝栄光〟(小倉工業高校野球部甲子園出場記録より)」の「昭和五年初出場」「昭和六年春の大会」「昭和六年夏の大会」「昭和七年春の大会」「昭和七年夏の大会」の出場メンバーの中に「新富」の名がある。

福岡県の高等学校野球連盟の年史を確認。
参考資料4『野球史』p.66-69「小倉工が甲子園一番乗り」(昭和5年)、p.70-73「選抜大会に小倉工初出場」(昭和6年)、p.74-77「小倉工に黄金時代到来」(昭和7年)の出場メンバーや試合解説の中に「新富」の名がある。p.69に掲載の写真「甲子園へ初出場の小倉工チーム(同校校門前で記念撮影)」に「後列左から2番目の故・新富卯三郎選手」とある。

野球関係の資料を確認。
参考資料5『戦場に散った野球人たち』p.9-38に「巨人軍第一期生の最期 新富卯三郎」の掲載あり。p.9に「(一九一五年~一九四五年 享年三十) 小倉工業で春夏合わせて五度の甲子園に出場。強打者として活躍。卒業後、実業団を経て『大日本東京野球倶楽部』(現在の巨人軍の母体)に入り、第一次アメリカ遠征にも参加(背番号十二)。その後、阪急軍に入団するものの召集を受け、ビルマ戦線で戦死」とある。
資料によると、新富卯三郎は小倉工業高等学校卒業後、門司鉄道局に入って野球を続け(p.14)、昭和9年12月26日に正式に名乗りを上げた日本初の職業野球球団「大日本東京野球倶楽部」の草創メンバーとなっている(p.20-21)。昭和11年に兵役のため退団(p.26)。昭和14年10月に阪急軍への入団が決定し、球界に復帰するが(p.26)、昭和16年に応召のため退団し、第五十六師団の歩兵第百十連隊に配属された(p.28)。所属は「龍第六七三四部隊」(p.28-29)とある。

門司鉄道局の年史、ビルマ戦に関係資料を確認。
参考資料6『六十年の回顧』p.132-133の「野球部」、参考資料7『ああ菊兵団―ビルマ縦横作戦―』、参考資料8『兵旅の賦』第二巻昭和編を確認したが、新富卯三郎に関する記述は無かった。

戦没者名簿を確認。
参考資料9『福岡県戦没者名簿』3/3p.26に「新富卯三郎」があり、戦没地「ビルマ」、戦没年月日「S20.08.01」。
回答プロセス
(Answering process)
当館人物検索で検索。ヒットした資料から判明した当該人物の所属に関係する資料を検索し調査。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
球技  (783 8版)
参考資料
(Reference materials)
ベースボール・マガジン社 編 , ベースボールマガジン社. プロ野球人国記 : 完全版 九州・沖縄編(福岡県/佐賀県/長崎県/熊本県/大分県/宮崎県/鹿児島県/沖縄県). ベースボール・マガジン社, 2004.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007364607-00 , ISBN 4583038038
創立六十周年記念編集委員会 編 , 福岡県立小倉工業高等学校. 創立六十周年記念誌. 福岡県立小倉工業高等学校, 1963.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I053943061-00
福岡県立小倉工業高等学校. 創立七十年史. 福岡県立小倉工業高等学校, 1968.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I010716373-00
福岡県高等学校野球連盟 編 , 福岡県高等学校野球連盟. 野球史. 福岡県高等学校野球連盟, 1979.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I053965567-00
早坂隆著 , 早坂, 隆. 戦場に散った野球人たち. 文藝春秋, 2014.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I000137357-00 , ISBN 9784163900759
六十年の回顧,六十周年記念誌委員/編輯,門司鉄道管理局小倉工場,1951.
牛山才太郎 著 , 牛山, 才太郎, 1911-. ああ菊兵団 ビルマ縦断作戦. 菊花之塔奉賛会, 1981.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001567087-00
北部九州郷土部隊史料保存会 編 , 北部九州郷土部隊史料保存会. 兵旅の賦 : 北部九州郷土部隊70年の足跡 第2巻. 北部九州郷土部隊史料保存会, 1978.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001550299-00
福岡県遺族連合会 [編] , 福岡県遺族連合会. 福岡県戦没者名簿 3/3. 福岡県遺族連合会, 1995.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I054157150-00
キーワード
(Keywords)
新富卯三郎
野球
ビルマ戦
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000311157解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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