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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
県立長野図書館 (2110021)管理番号
(Control number)
県立長野-21-139
事例作成日
(Creation date)
2021年10月13日登録日時
(Registration date)
2021年10月12日 18時20分更新日時
(Last update)
2021年10月24日 16時04分
質問
(Question)
川中島平(長野県長野市)を流れる上中堰・下堰について、以下の地点がわかる資料がほしい。
1 各堰が犀川(信濃川水系、長野市で信濃川上流の千曲川に合流)から取水した取水口の位置
2 高松隧道の位置
3 東京電力小田切ダムから取水している現在の上中堰、下堰の取水口の位置
回答
(Answer)
1.上堰・中堰・下堰について
・『長野市誌 第9巻 旧市町村史編』長野市誌編さん委員会編集 長野市 2001【N212/318/9】
 p.671-672「川中島四堰」に川中島地区を流れる主な用水路として上中堰、下堰、鯨沢堰、小山堰の4堰が挙げられており、上堰、中堰、下堰の3堰の概要が記されている。
 これによると、慶長期(1596-1615年、江戸時代)に用水堰を整備したのち、弘化四年(1847年、江戸時代)川に地震に伴う河床の浸食があり、各堰ともに取水口を上流に移動。その後、明治元年の水害では3堰の取水施設などが壊滅し、操穴堰に明治元年に上堰、明治4年に中堰が合口して、上中堰となったことがわかる。
 このため、各時代に分け、取水口の位置について確認できた資料を紹介した。

(1)江戸時代
<整備当時 弘化4年の災害以前>
・『上中堰の歴史』 上中堰土地改良区編・刊 1986【N517/82】
 p.55図20「上中堰上流部の現字名と18世紀の取水口(推定)」では、上堰・中堰・下堰の大まかな位置が示されている。縮尺、方位の記述はないが、手掛かりになる情報としては、「小市橋」の記述あり。
 また、p.50-56に上流へ移動する取水口では上堰・中堰・下堰の完成から90年後の絵図以降の18世紀ごろの絵図から取水口の移動について考察が加えられている。

・『下堰沿革史』若林藤雄 更級郡下堰土地改良区 1958【N614/12】
 p.51-56「三堰の取入口の変遷」の中で、弘化4年の災害前の図としては、p.52に元禄7年、明和5年、の絵図が紹介されているが、縮尺や方角などの記載がなく、この図から現在の場所を特定することは困難と思われる。

<弘化4年以降>
・『下堰沿革史』(前掲)
p.51-56「三堰の取入口の変遷」で弘化年間、明治2年の絵図等の紹介がされている。縮尺や方角などの記載がなく、この図から現在の場所を特定することは困難と思われる。

(2)明治時代以降の取水口について
・『下堰沿革史』(前掲)
p.51-56「三堰の取入口の変遷」で明治2年の絵図が紹介されているが、縮尺や方角などの記載がなく、この図から現在の場所を特定することは困難であると思われる。

<上堰の操穴堰への合併について>
・『上中堰の歴史』 (前掲)
p.77-85第3章近代における用水の再編成 第1節操穴堰と上堰の合併の項目にこの際に行われた工事の概要がまとめられている。
<操穴堰について>
 下記に犀川の支流である天狗沢から取水していた旨の記述は確認できたが、具体的な取水口の位置に関する資料は確認できなかった。
・『上中堰の歴史』 (前掲)
 p.68-73「新技術を導入した操穴堰」で操穴堰について触れられており、p.69に「龍宮淵の岩石を操抜いて、天狗沢上流から取水することに決した」とあり。
・瀧澤公雄「文化財講座 第17回 犀川右岸小松原付近の操穴堰遺構」1994 『千曲』81号p.75-78
 操穴堰に関わる文化財として、現在も残されている遺構を紹介している。
 この中で、操穴堰の普請について、「天狗沢上流から取水して龍宮淵の岩石をくりぬく工事であった」と紹介されている。
・『共和むらの歴史と伝承』共和むらの歴史と伝承編集委員会編集 市制百周年記念事業共和地区実行委員会 2001【N212/365】
 p.134に天狗沢は平成4年から長野市不燃物最終処分場になっている旨の記述あり。
共和むらの歴史と伝承』の内容はインターネット上で公開されている。
・「長野市一般廃棄物処理基本計画(H29~H33)
(参考)「埋立終了後、排水処理等の管理を行っている最終処分場」として、「天狗沢最終処分場(平成25年3月で埋立終了)」と記述あり。

<中堰の上堰への合併について>
・『上中堰の歴史』(前掲)
 p.85-90「1中堰合併の経緯」明治4年に中堰が上堰に合併する際、合併の条件をめぐる対立などについて触れられている。

<下堰の取水口について>
・『下堰 土地改良区50年のあゆみ』設立50周年記念誌編集委員会編集 長野県下堰土地改良区2000【N614/89】
 p.82-83に明治から昭和戦前までの下堰の被災状況とその復旧工事について書かれているが、具体的な場所を特定できる地図などの記載はない。
 また、p.84に「昭和6年時点の取水口(善光寺土地改良区提供)」の掲載があり、犀川右岸側に下堰、鯨沢堰、小山堰、左岸側に善光寺用水の文字が見えるが、掲載画像が小さく、かつ縮尺、方位架橋など、現在の位置を特定する手がかりは確認できなかった。

2.高松隧道について
 現在の地図上で場所を示すような資料は確認できなかったため、場所を特定するための手掛かりになりそうな資料を紹介した。
・『上中堰の歴史』(前掲)
 p.158-164に高松隧道に関する記述あり。
 また、p.163には図38「高松隧道付近図 縮尺1:4000(明治44年)」が掲載されている。正確な場所を特定することは難しいと考えられるが、方位や「両郡橋」の記述など、手掛かりになる情報の記載あり。
 また、口絵3枚裏に「県営かんがい排水事業 上中堰地区一般計画平面図 工期 51年度~56年度」の掲載があり、「既設隧道」と記されている部分があるが、小田切ダム建設時に作られた部分も合わせて、「既設隧道」とされている様子。
 国土地理院で提供されている「地理院地図」でも、犀川右岸の両郡橋付近に地下水路の地図記号を示す青色の破線が確認できる[最終確認日 2021/10/17]。
 また、口絵2枚目表「上中堰 笹原~高松水利施設遺構」に「旧頭首工とダム全開の瀬川(1986.2)」、「旧頭首工」と題名のついている写真の掲載があるが、写真から場所を特定することはできない。

3.小田切ダムと高松隧道へと続く取水口、下堰の取水口について
・『水よ! よみがえれ』長野県川中島平土地改良区編・刊 1990【N517/103】
 p.118-124に善光寺川中島平農業水利改良事業の概要が略図でまとめられており、p.118「取入施設」では、ダム湖右岸から上中堰へ、発電所の放水路から下堰へと分水を行っている三堰分水へと水が供給されている様子が図示されている。
 また、p.119には、左岸発電所の放水路から取水された水が犀川サイフォンを通して右岸の三堰分水へと供給する「犀川サイフォン」、犀川を横断した水を小山堰、鯨沢堰、下堰にそれぞれ供給する「三堰分水(射流分水)」の図の掲載あり。
 なお、p.125「長野市の用水路 善光寺・川中島平・長沼用水の略図」にそれぞれの所在が記されている地図がある。

(1)上中堰、高松隧道と小田切ダムについて
・『上中堰の歴史』(前掲)
 p.238-243の「2東電小田切発電所建設と上中堰」の部分に小田切ダムの建設計画から完成までのことについて記述あり。
 この中で、p.241に「上中堰の頭首工は、小田切ダム右岸堰堤に設置された」とあり、「取水工から高松隧道への暗渠工」も東京電力の補償工事として行われた旨の記述あり。
 また、同p.241に「取水施設 編集着手時の巡検(1984.8 撮影)」とタイトルとキャプションが付された写真の掲載があり。
 しかし、「取水工から高松隧道への暗渠工」の部分や高松隧道の起点がはっきり図示されている資料は確認できなかった。

(2)下堰と小田切ダムについて
・『下堰 土地改良区50年の歩み』(前掲)
 p.94-99東京電力による小田切ダムの建設計画から水利権に関わる県による調停を経てダムが建設され、補償工事として建設された犀川サイホン初通水までの記述あり。
 また、p.121-123「犀川横断サイホン工全面改修へ」には、犀川横断サイホン工の全面改修に関する記述ありが、p.123「河川横断サイホン工事の計画模式図」を確認したところ、工事区間には取水口部分は含まれていないようだった。
回答プロセス
(Answering process)
1.利用者調査済み資料の記載のある「上中堰」、「下堰」、「小田切ダム」などのキーワードで当館の蔵書を検索したところ、以下の資料が見つかった。
・『上中堰の歴史』 上中堰土地改良区編・刊 1986【N517/82】
・『下堰沿革史』若林藤雄 更級郡下堰土地改良区 1958【N614/12】
・『下堰 土地改良区50年のあゆみ』設立50周年記念誌編集委員会編集 長野県下堰土地改良区2000【N614/89】
・『上中堰沿革史』上中堰普通水利組合事務所編・刊 1914【N614/8】

2.地域の自治体、地区の歴史をまとめた資料にあたる
 利用者調査済み資料から、旧岡田村(現、長野市篠ノ井)、旧今井村(現、長野市川中島)、戸部村(現、長野市川中島)に代表者がいたことから、堰の普請当時は岡田堰、今井堰、戸部堰と呼ばれていたことがわかったため、これを中心に探した。
・『長野市誌 第3巻 歴史編 近世一』長野市誌編さん委員会編集 長野市 2001【N212/318/3】
・『長野市誌 第4巻 歴史編 近世二』長野市誌編さん委員会編集 長野市 2004【N212/318/4】
・『長野市誌 第8巻 旧市町村史編』長野市誌編さん委員会編 長野市 1997【N212/318/8】
・『長野市誌 第9巻 旧市町村史編』長野市誌編さん委員会編集 長野市 2001【N212/318/9】

・『更級埴科地方誌 第2巻 近世編下』更級埴科地方誌刊行会編・刊 1980【N215/32/3-1】
 p.798に上堰、中堰、下堰の概要とp.806「犀口上堰中堰(嘉永5年)」、p.807「犀口下堰(嘉永5年)」に絵図、p.801に各絵図の解題の掲載があるが、現在の地点を特定するのは困難。
・『更級埴科地方誌 第3巻 近世編下』更級埴科地方誌刊行会編・刊 1980【N215/32/3-2】

・『長野県史 通史編 別巻(年表・索引)2』長野県編 長野県史刊行会 1992【N209/11-4/ベツ2】
 索引に「川中島犀口堰(3堰)[更級]」の項目あり。通史編第4巻p.96,536-537、第5巻p.426、第6巻p.135を参照しましたが、三堰の取水口の場所を特定できる情報の記載は確認できなかった。

・『ふるさと歴史探訪』川中島地区市制百周年記念事業歴史検証編集部会編 川中島地区市制百周年記念事業実行委員会 2002【N212/368/2】
 p.67-69で川中島の用水として上堰、中堰、下堰の整備から小田切ダムの建設までの概要がまとめられているが、三堰の取水口の場所を特定できる情報の記載は確認できない。

3.その他当館所蔵資料を探す
 1で検索できたものを参照すると『長野県郷土資料分類法』に基づく郷土分類「N517 河川工学」、「N614 農業工学」が付与されていたため、この周辺の棚をさがしたところ、以下の資料が見つかった。

・『千曲川・犀川 地名に見る 川と人の営み』国土交通省千曲川河川事務所企画・刊 2008【N517/229】
・『千曲川・犀川三十年のあゆみ』建設省北陸地方建設局編 千曲川工事事務所 1980【N517/60】
・『長野県における農業水利の展開と農業発展』関東農政局編・刊 1970【N614/24】
 p.118-121「第5節善光寺・川中島平土地改良事業」では、p.119では小田切ダムの建設に伴って変更された「善光寺川中島平土地改良事業計画概要書」に触れており、この計画の要点がまとめられている。
・『善光寺川中島平農業水利改良事業記念碑栞』善光寺川中島平土地改良区連合編・刊 1973【N614/35】
・『長野県土地改良史 第1巻』長野県土地改良史編集委員会編 長野県土地改良事業団体連合会 1999【N614/86/1】
 p.173-177犀川下流(更級)の用水と維持管理 で上堰、中堰、下堰について触れられているが、その取水口を特定できる記述は確認できなかった。

4.操穴堰に関する資料を探す
 上記から、上中堰が操穴堰に合併したことが分かったため、操穴堰にかかわる資料を探す。
 当館蔵書検索で全項目「操穴堰」で検索したところ、下記2つの郷土雑誌に掲載された論文が見つかった。
・池田三夫「操穴堰と吉岡運右衛門」2002年 『長野』203号p.29-31
・瀧澤公雄「文化財講座 第17回 犀川右岸小松原付近の操穴堰遺構」1994 『千曲』81号p.75-78

5.天狗沢にかかわる資料を探す
 上記から、操穴堰は天狗沢上流から取水していたことが分かったため、この天狗沢にかかわる資料を探す。
 蔵書検索ではヒットしなかったため、場所だけでも確認しようとGoogleで検索したところ、長野市のホームページ「長野市資源再生センター 埋立て施設」が確認でき、現在は埋立て地となっていることが分かった[最終確認日 2021/10/17]。
 小松原は旧共和村の地域にあたるため、下記資料を参照した。
・『共和むらの歴史と伝承』共和むらの歴史と伝承編集委員会編集 市制百周年記念事業共和地区実行委員会 2001【N212/365】
 また、埋立ての期限が平成25年平成21年度末となっていたため、現在の状況を知るため、長野市のホームページのサイト内検索で「ごみ 最終処分」と検索したところ、「ごみ処理基本計画」との検索結果があり、「ごみ処理基本計画」と再度検索したところ、現在の基本計画として下記資料が確認できた。
・「長野市一般廃棄物処理基本計画(H29~H33)」[最終確認日 2021/10/17]

<調査済み資料>
・『千曲川電力所の歩み』「千曲川電力所の歩み」編纂委員会編 小諸東京電力千曲川電力 2001【上田市立丸子図書館蔵】
 ウィキペディア「小田切ダム」の参考文献に記されていた書籍です。上田市立丸子図書館に目次の確認を依頼したところ、目次から小田切ダムに関わる項目は確認できなかったとのこと。
・『角川日本地名大辞典 20長野県』角川日本地名大辞典編纂委員会編1990【N293/18】
・『長野県百科事典 補訂版』信濃毎日新聞社開発局出版部編 1981【N030/2a】
事前調査事項
(Preliminary research)
『日本歴史地名大系 20 長野県の地名』平凡社 1979【N290.3/54】p.752-756
NDC
河海工学.河川工学  (517)
農業工学  (614)
参考資料
(Reference materials)
長野市誌編さん委員会 編 , 長野市. 長野市誌 第9巻(旧市町村史編). 長野市, 2001.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002960828-00
上中堰土地改良区編 , 上中堰土地改良区. 上中堰の歴史. 上中堰土地改良区, 1986.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I009305192-00
長野県更級郡下堰土地改良区. 下堰沿革史. 更級郡下堰土地改良区, 1958.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I004748861-00
共和むらの歴史と伝承編集委員会/編集. 共和むらの歴史と伝承. 市制百周年記念事業共和地区実行委員会, 2001-09.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I059097157-00
[長野県下堰土地改良区]設立50周年記念誌編集委員会編 , 長野県下堰土地改良区. 下堰 : 土地改良区50年の歩み. 長野県下堰土地改良区, 2000.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I009681982-00
キーワード
(Keywords)
上中堰
上堰
中堰
下堰
小田切ダム
川中島三堰
犀口三堰
長野市
川中島
照会先
(Institution or person inquired for advice)
上田市立丸子図書館[最終確認日 2021/10/17]
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000305988解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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