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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
県立長野図書館 (2110021)管理番号
(Control number)
県立長野-21-138
事例作成日
(Creation date)
2021年10月11日登録日時
(Registration date)
2021年10月11日 15時16分更新日時
(Last update)
2021年10月17日 21時56分
質問
(Question)
長野市にある「ビルマ戦没者慰霊塔」について、建立に関する資料や奉納物の詳細がわかる資料はあるか。
回答
(Answer)
 当館所蔵の資料を調査したが、標記の慰霊塔についての、ビルマ戦没者慰霊塔建設委員会の議事録、会報、設計資料等の建立に関する資料や奉納物の詳細は確認することができなかった。
 なお、『長野市の忠魂碑・戦没者慰霊碑等 平成27年調査』 山崎浩希著・刊 2016 【N280/197】 p.1 に、この塔の紹介文があった。塔前の碑に、利用者による事前調査のとおり、「ビルマ戦没者慰霊塔建設委員会」から「長野りんどうライオンズクラブ」が慰霊法要を引き継いでいる旨の記述があり、同 p.33 に、台座に向かって右側板の文が掲載されている。19万余りの御霊を迎えるために建立したこと、ビルマ仏教の象徴であるパゴダとしたことが記されている。また、台座部に向かって左側板に建立者一覧があり、
  ビルマ戦没者慰霊塔
    建設参加部隊
  ビルマ派遣
   第三十三師団
     歩兵第二百十五連隊
     師団通信隊
     歩兵第二百十四連隊
     山砲第三十三連隊
     軸重第三十三連隊
   ビルマ南十字会
   ビルマ第十三会
   他各部隊
   各部隊御遺族
  御賛同者
    昭和五十二年六月
と、あった。

 『信濃毎日新聞』 昭和52年(1977年)6月1日 第15面に、12日に慰霊祭と除幕式が行われる記事があり、塔については、「パゴダはビルマ風の仏塔で、大きさは台座が直径6メートルで、八角形、高さは十一メートルの白いコンクリート製。ビルマ仏教の象徴で、ラングーンにある高さ百メートルの『シュウェ・ダゴン・パゴダ』をモデルにした。」とあった。ビルマ戦没者慰霊塔建設委員会(委員長=県大町市長)が、昭和49年から全国各地の遺族、戦友に建設を呼びかけていた。2月に着工、6月に完成。建設費は約千五百万円、請負業者の好意もあり格安に早く完成した旨の記述があった。

 『信濃毎日新聞』 昭和52年(1977年)6月13日 第15面では、12日に行われた慰霊祭と除幕式についての記事がある。ビルマの地で散った日本兵は約20万人、遺骨はほとんど回収されておらず、この日慰霊塔に安置された戦没者名簿(はっきり氏名がわかっている方)は、6千人に過ぎないとのこと。除幕式の後、善光寺の一条智光上人による慰霊法要が行われている。

 『信濃毎日新聞』 昭和54年(1979年)6月13日 第13面では、12日に行われた慰霊祭の記事がああった。今回の参列者は60名だけだったが、新たに常夜燈を建立することも決めたという内容。

 『信濃毎日新聞』 昭和56年(1981年)6月14日 第21面では、13日にビルマ戦没者慰霊塔五周年記念事業実行委員会(県聡委員長)の言葉と、昨年から進めていたパゴダを守護するこま犬の除幕式も行われたこと、建設費は約五百万円などの記述がある。

『長野県遺族会誌』 長野県遺族会編・刊 1981 【N369/99】のp.521-522には、善光寺雲上殿にパゴダ完成の項があった。こちらの記述では、着工が昭和51年12月となっている。ただし、この項目のほとんどが、『信濃毎日新聞』 昭和52年(1977年)6月13日 第15面の本文を掲載している。

 なお、北野建設株式会社へ照会したところ、この慰霊塔の設計施工をしていたことが確認できた。設計資料等の公開は非公開。
回答プロセス
(Answering process)
1 「慰霊」をキーワードに、所蔵の郷土資料を検索する。ヒットしたもののうち、長野市をフィールドに含むものを見ていく。『長野市の忠魂碑・戦没者慰霊碑等 平成27年調査』を発見。

2 慰霊塔の建立者一覧に遺族も含まれていることから、遺族会をキーワードに所蔵の郷土資料を検索する。『長野県遺族会誌』にパゴダ完成の項目を見つける。

3 当館契約の「信濃毎日新聞データベース」を「慰霊」「ビルマ」「ミャンマー」などのキーワードで検索する。関係記事を確認していく。ビルマ戦没者慰霊塔建設委員会の委員長を県大町市長がしていることがわかったので、長野県の広報と、長野市の広報を着工から完成前後の時期までを確認するが記述はなかった。

4 北野建設株式会社の社史を確認する。所蔵のものは、『北野建設の三十年』のみで1977発行。編集時点で慰霊塔が施工実績に含まれなかったのか、別の業者によるものかはわからないが、同書には掲載がない。また、現在の北野建設株式会社のウェブサイト上の施工実績には、掲載されていない。

5 北野建設株式会社に照会したところ、設計施工をしているとの回答を得た。また、設計資料等は非公開とのこと。

6 現在慰霊法要を引き継いでいる長野りんどうライオンズクラブとは、連絡が取れなかったため、詳細は不明。


<調査済み資料>
・『広報ながの 縮刷版4』 昭和51年-昭和56年 長野市 1990  
昭和51年1月-昭和52年12月を調査
・『(広報)ながのけん』 長野県 昭和49年1月 - 昭和52年12月
・『北野建設の三十年』 「北野建設の三十年」編集委員会編 北野建設 1977 【N520/4】
事前調査事項
(Preliminary research)
「ビルマ戦没者慰霊塔建設委員会」から「長野りんどうライオンズクラブ」が慰霊法要を引き継いでいるらしい。形状からシュエダゴン・パゴダを模しているようだ。設計施工が北野建設株式会社という未確認情報もある。
NDC
日本  (281 10版)
各種の建築  (526 10版)
参考資料
(Reference materials)
山崎 浩希/著 , 山崎 浩希. 長野市の忠魂碑・招魂碑・戦没者慰霊碑等 : 旧長野市エリア 平成27年調査. 山崎 浩希, 2016-11.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I076341493-00  (【N280/197】)
長野県遺族会, 信毎書籍出版センター 編 , 長野県遺族会 , 信毎書籍出版センター. 長野県遺族会誌. 長野県遺族会, 1981.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001557338-00  (【N369/99】)
信濃毎日新聞社 , 信濃毎日新聞株式会社 , 信濃新聞株式會社 , 信濃新聞社 , 信濃日報社 (1880年). 信濃毎日新聞. 信濃毎日新聞社, 1881.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000055568-00
キーワード
(Keywords)
ビルマ戦没者
ミャンマー
ビルマ戦没者慰霊塔
慰霊
パゴダ
北野建設
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000305938解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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