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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
札幌市中央図書館 (2210002)管理番号
(Control number)
6000023560
事例作成日
(Creation date)
2021/08/28登録日時
(Registration date)
2021年10月02日 00時30分更新日時
(Last update)
2021年10月02日 00時30分
質問
(Question)
明治後期に平岸りんごの生産量が一番だった時期を知りたい。(『平岸百拾年』に掲載されているはず。)
回答
(Answer)
下記資料①~③を紹介。

① 『平岸百拾年』 (澤田 誠一/編 平岸百拾年記念協賛会 1981.10)
   →p171~172 明治20年~30年の全道のリンゴ栽培の中心が札幌地方だったことの記載あり。
    p172の表6-1「北海道と青森県の林檎生産額の推移」で、明治38年までは青森県より北海道の林檎生産額が多かったことが確認できる。

② 『北海道果樹百年史』 (北海道果樹百年史編集委員/編 1973)
   →p34の第7表「林檎の地方別分布(明治27年)」で、全道で札幌が1番だったことが確認できる。
    p36の第10表「明治38年苹果生産額」で、北海道の林檎生産額が全国で1番だったことが確認できる。(苹果とは林檎のこと)

③ 『殖民公報15 第82号~第87号(大正4年)』 (殖民公報編纂委員会/編者 一光社 1985)
   →「86号11月号」のp478-483に「本道苹果業振興の急務」蠣崎知二郎の論文あり。
    p479の「産額比較表」で、明治36年と明治38年は産額において北海道が一番だったことが確認できる。
回答プロセス
(Answering process)
① 『平岸百拾年』の第六章「平岸りんごの盛衰」を通読。
② 『平岸百拾年』p171に掲載されている文献『北海道果樹百年史』を通読。
③ 『平岸百拾年』p172の表6-1「北海道と青森県の林檎生産額の推移」注)『殖民公報』(大正2年)蠣崎知二郎論文より。→『殖民公報』を通読。
(『殖民公報』(大正2年)に該当の表が見つからず、magazine+で正しい該当年を確認。本文には大正2年とあるが、正しくは大正4年だった。)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
平岸百拾年澤田 誠一/編平岸百拾年記念協賛会 (p171-172)
北海道果樹百年史北海道果樹百年史編集委員/編北海道果樹百年事業会 (p34,p36)
殖民公報15 第82号~第87号(大正4年)殖民公報編纂委員会/編者一光社 (p478-483)
キーワード
(Keywords)
りんご(リンゴ)
平岸(ヒラギシ)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000305534解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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