このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
所沢市立所沢図書館 (2310110)管理番号
(Control number)
所沢富岡-2021-09
事例作成日
(Creation date)
2020/11/29登録日時
(Registration date)
2021年10月01日 00時30分更新日時
(Last update)
2021年10月01日 10時51分
質問
(Question)
画家の「小田野直武」について知りたい。
回答
(Answer)
 小田野直武は、「角館在住の藩士で、通称武助、字は子有、別に羽陽、玉泉、麓蛙亭、蘭慶堂の号があった」と伝えられています。
(参考:『日本洋画の曙光』平福百穂/著 岩波書店 2011年)
以下の資料に記載があります。
 〇『日本洋画の曙光』 平福百穂/著 岩波書店 2011年
 〇『国史大辞典 2』 国史大辞典編集委員会/編 吉川弘文館 1980年
 〇『日本近世人名辞典』 竹内誠/編 吉川弘文館 2005年
 〇『江戸人物科学史』 金子務/著 中央公論新社 2005年
 〇『文明の庫 1』 芳賀徹/著 中央公論新社 2021年
 〇『解体新書』 [ヨハン・アダム・クルムス/著] 講談社 1982年
 〇『常識として知っておきたい日本の絵画50』 佐藤晃子/著 河出書房新社 2006年
 〇『人づくり風土記 5』 加藤秀俊/[ほか]編纂 農山漁村文化協会 1989年
 〇『江戸の花鳥画』 今橋理子/[著] 講談社 2017年
 〇『佐竹曙山』 成瀬不二雄/著 ミネルヴァ書房 2004年
 〇『日本の名著 22』 中央公論社 1974年
 〇『森銑三著作集 第1巻』 森銑三/著 中央公論社 1973年
回答プロセス
(Answering process)
1.所蔵資料の内容確認
 〇『日本洋画の曙光』 平福百穂/著 岩波書店 2011年
  p.65-69 「平賀源内と小田野直武」の項目あり
  p.71-79 「曙山・直武小伝」の項目あり
  p.75 「小田野直武は角館在住の藩士で、通称武助、字は子有、別に羽陽、玉泉、玉川麓蛙亭、蘭慶堂の号があった。寛延二年十二月十一日に生れ、(中略)安永二(一七七三)年、歳二十五で挙用せられて物産取立役を命ぜられ、其年の冬江戸詰となつた。後安永八年、三十一歳で小姓並より御側御小姓格を仰せ付けられたが、曙山の怒に触れて遠慮を命ぜられ、その冬病を得て江戸より郷里角館に帰り、翌九年五月十七日三十二歳を以て歿した。」との記載あり
  p.81-89 「解体新書図巻」の項目あり
  p.151-169 「虫類、植物及び鳥類の三写生帖と和蘭軍人図譜」の項目あり
  p.171-184 「曙山、直武の作品」の項目あり
  p.253 索引に「小田野直武」他、「小田野直武」に関連する項目あり
 △『源内が惚れこんだ男』 野村敏雄/著 東京 プレジデント社 1994年
  p.318-319 「あとがき」に以下の記載あり
  ※「主人公の小田野直武は、『解体新書』の人体解剖図を描いた画家として知られるが、直武の画業はそれのみで終わったものでは、むろんない。そのあと三十二歳の短い生涯を終えるまで、直武は蘭画の傑作を数多く描きのこし、同世代で主君の秋田藩主・佐竹曙山(義敦)や角館城代・佐竹義躬などとともに、日本洋画の源流を形成するのである」
  ※「秋田蘭画とその作家たちを初めて世に知らせ、その画業を評価したのは、角館(かくのだて)出身の画家であり歌人でもあった平福百穂(一八七七~一九三三)といわれる。彼はその著書『日本洋画曙光』(昭和五年刊)で彼らを紹介し、(後略)」
 
2.追加調査事項
 〇『国史大辞典 2』 国史大辞典編集委員会/編 吉川弘文館 1980年
  p.847 「おだのなおたけ 小田野直武」の項目あり。
 〇『日本近世人名辞典』 竹内誠/編 吉川弘文館 2005年
  p.195-196 「おだのなおたけ 小田野直武」の項目あり。
 〇『江戸人物科学史』 金子務/著 中央公論新社 2005年
  p.144-152 「小田野直武 遠近法開眼の秋田蘭画家」の項目あり
 〇『文明の庫 1』 芳賀徹/著 中央公論新社 2021年
  p.310-356 「秋田蘭画の不思議-小田野直武とその同時代世界」の項目あり
 〇『解体新書』 [ヨハン・アダム・クルムス/著] 講談社 1982年
  p.35 「解体図 跋」の現代語訳の記載あり
  小田野直武の簡単な人物紹介あり
  p.247 「解体図 跋」の原文あり
  p.328-350 「〈解説〉『解体新書』の時代」の項目あり
  p.341-342 「『解体新書』の付図を描いた人は秋田藩角館の小野田直武(一七四九-八〇)である。少年のときから画を学んだが、安永二年(一七七三)に平賀源内が秋田藩に聘(へい)せられたとき、直武は源内から洋画の方法をはじめてならった。その年の末に直武が江戸に来たので、まもなく杉田玄白の依頼をうけて西洋の諸書から解剖図を写しとる仕事をはじめたとおもわれる。平賀源内が玄白と親しかったので、おそらくその推薦で玄白は直武を知ったのであろう。小田野直武は安永九年(一七八〇)に三十二歳の若さで郷里の角館で没したが、日本の初期洋画史に名前を残している。」 
 〇『常識として知っておきたい日本の絵画50』 佐藤晃子/著 河出書房新社 2006年
  p.182-185 「不忍池図 小田野直武」の項目あり
 〇『人づくり風土記 5』 加藤秀俊/[ほか]編纂 農山漁村文化協会 1989年
  p.305-311 「小野田直武-「秋田蘭画」を生んだ洋画の先駆者(仙北)」の項目あり。
 △『解体新書』 [クルムス/著] 西村書店 2016年
  p.277 「絵を描いた小田野直武(一七四九~一七八〇)は、桂川甫周が所蔵していた本などを参照しています」との記載あり 
 △『現代文 蘭学事始』 杉田玄白/原著 岩波書店 1984年
  p.181-182 「また『解体新書』の図はけっして『ターヘル・アナトミア』のだけがはいっているのではなく。そのほかにつぎの五種の解剖書からも写してあることが序文に記してある。図を模写したのは玄白の知人で、秋田藩の小田野直武という、いわゆる西洋画家の一人であった」との記載あり
 △『風狂の空』 城野隆/著 祥伝社 2009年
  巻末に「主な参考文献」の記載あり
 
3.前出資料の参考文献を確認
 〇『江戸の花鳥画』 今橋理子/[著] 講談社 2017年
  p.102-153 「小田野直武写生帖の意味」の項目あり
  p.154-195 「小田野直武筆「松に椿図」から佐竹曙山へ」の項目あり
 〇『佐竹曙山』 成瀬不二雄/著 ミネルヴァ書房 2004年
  p.41-83 「佐竹曙山と小田野直武」の項目あり
  p.171-191 「晩期の小田野直武の日本風景図とその司馬江漢への継承」の項目あり
  p.191-197 「佐竹曙山の『湖山風景図』とその成立のための小田野直武の貢献」の項目あり
 〇『日本の名著 22』 中央公論社 1974年
  p.7-84 「十八世紀日本の知的戦士たち」の項目あり
  p.33 「(前略)玄白たちが『解体新書』を完成したとき、その図譜を描いた小田野直武を玄白に紹介したのは源内だった(後略)」との記載あり
  p.54 「源内が角館(かくのだて)の宿舎でたまたま直武筆の屏風絵を見て、その画才に感じ、直武を招いて洋風陰影画法に開眼させたのだと伝えられている」との記載あり
  p.55-56 「二十五歳の小田野直武は、この安永二年(一七七三)年末、銅山方産物吟味役にとりたてられて、さっそく源内のあとを追うようにして江戸に上った。(後略)」との記載あり
  p.61 「江漢は源内から西洋画法について種々学ぶことがあったかも知れぬが、より技術的な事柄については安永二年(一七七三)、源内を追って江戸に来た、まさにあの小田野直武に教えられたのだろうと推定されている(後略)」との記載あり
 〇『森銑三著作集 第1巻』 森銑三/著 中央公論社 1973年
  p.5-37 「平賀源内研究」の項目あり
  p.38-64 「平賀源内雜俎」の項目あり
  p.40-41 「「秋田より歸の節、この藩中の二男なるよし、小田野武介と云ふ人を連來る。此人は畫才ありて、蘭畫を能く書、浮畫目鏡の畫、紅毛本草の畫などをかきてより、初て蘭畫世に行はれ、司馬江漢等もみな此人の門より出たり。武介が事は當世知る人少し」小田野武助、名は直武、わが國の洋畫史上に重要な地位を占める人として、近來研究が進められ、平福百穂氏の『日本洋畫曙光』といふ大著も公にせられてゐるが、直武の傳記資料は極めて乏しい。この數行の記載も珍重せらるべきであらう。それにしてもこの條を平福畫伯に示すことの出來なかつたのが遺憾である。(中略)「女嫌ひにて、獨身にて、武介と上下六人、細工物商ひにて暮し居れり。日々色々の人入來り、賑やかなる事なりし。(後略)」との記載あり
 △『江戸の想像力』 田中優子/著 筑摩書房 1992年
  p.26 「源内は秋田の阿仁銅山、中津川金山・鉄山の開発がうまく進まず、秩父木炭の積出しを計った荒川の工事で大分金を使った。(中略)「女嫌ひにて、独身にて、武介と上下六人、細工物商ひにて暮し居れり」と孝文の記憶にあるから、あるいは画家の武介(小田野直武)が秋田から源内を頼って上京した、一七七三~四年には始めているのかも知れない。(中略)小田野直武とどのような関係であったか誰にも分からないが、直武はこの時満二十四歳。源内が銅のかわりに秋田から掘り出して来たのだった。たちまち新しい画法を修得して『解体新書』に名を連ねたが、三十一歳で短い生涯を閉じている」との記載あり
  ※「孝文」=「鳥海隆文」(『平賀源内小伝』著者)
  ※森銑三『平賀源内雜俎』(中央公論社『森銑三著作集』 第1巻に収録)からの引用あり
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (210 9版)
基礎医学  (491 9版)
日本画  (721 9版)
参考資料
(Reference materials)
日本洋画の曙光 平福百穂/著 岩波書店 2011.12 721.83 978-4-00-335761-3
国史大辞典 2 国史大辞典編集委員会/編 吉川弘文館 1980.7 210.033 4-642-00502-1
日本近世人名辞典 竹内誠/編 吉川弘文館 2005.12 281.033 4-642-01347-4
江戸人物科学史 金子務/著 中央公論新社 2005.12 402.105 4-12-101826-5
文明の庫 1 芳賀徹/著 中央公論新社 2021.2 210.5 978-4-12-005390-0
解体新書 [ヨハン・アダム・クルムス/著] 講談社 1982.7 491.1 4-06-158569-X
常識として知っておきたい日本の絵画50 佐藤晃子/著 河出書房新社 2006.4 721 4-309-50315-2
人づくり風土記 5 加藤秀俊/[ほか]編纂 農山漁村文化協会 1989.7 210.5 4-540-89008-5
江戸の花鳥画 今橋理子/[著] 講談社 2017.1 721.025 978-4-06-292412-2
佐竹曙山 成瀬不二雄/著 ミネルヴァ書房 2004.1 721.83 4-623-03968-4
日本の名著 22 中央公論社 1974 081
森銑三著作集 第1巻 森銑三/著 中央公論社 1973 081.6
キーワード
(Keywords)
秋田蘭画
解体新書
平賀源内
小田野直武
洋画
秋田藩
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
一般
登録番号
(Registration number)
1000305312解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
Twitter
このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!