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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
相模原市立橋本図書館 (2210035)管理番号
(Control number)
相橋R3-014
事例作成日
(Creation date)
2021年05月04日登録日時
(Registration date)
2021年07月07日 12時53分更新日時
(Last update)
2021年08月05日 13時29分
質問
(Question)
神奈川県相模原市中央区上溝の昔の産業についての資料が見たい。
回答
(Answer)
①~⑦を提供し、⑥⑦を複写、②を借りていかれた。
回答プロセス
(Answering process)
市内OPACにてキーワード“カミミゾ サンギョウ”で検索したところ、以下の資料が見つかった。
①『相模原市史 近代資料編』 相模原市教育委員会教育局生涯学習部博物館/編 相模原市 201705 (自館請求記号:K1-21)
p393-411「第6章 産業と交通の進展 第3節 上溝市場の展開」の項に、上溝市場についての「規約」等の記録はあるが、具体的な解説なし。

②『相模原市史 現代図録編』 相模原市総務部総務課市史編さん室/編 相模原市総務部総務課市史編さん室 200411 (自館請求記号:K1-21)
p25「第1部 地図で見るさがみはら まちの変ぼう 上溝・田名周辺」の項に、「上溝は、1870(明治3)年に生糸・繭取引きを主とする市場の開設が認可され、相模原の中心的商業地として栄え、1954(昭和29)年までは町役場が置かれていた。」と記述あり。
p24-25「[24-1]1954(昭和29)年修正、1:25000地形図[上溝]」には「市制施行当時の上溝・田名周辺の旧集落が良くわかる。」と解説あり。
「[25-1]1966(昭和41)年改測、1:25000地形図[上溝]」には「1963(昭和38)年から翌年にかけて、畑の中に田名工業団地が造成され、キャタピラ三菱(株)や三菱重工業(株)などが進出した。」と解説あり。
p95「第3章 変ぼうするまち 農業の変化、工業の誘致、商業の変化、公共交通の発達」に、以下が見つかった。
p99「農村の風景[99-1]畑の耕作 上溝丸崎 1952(昭和27年)」の項に、「台地の畑地は、火山灰性土壌で耕しやすく、[サクリ]用の鍬(くわ)として[ヘラグワ]と呼ばれる鍬が使用された。」と解説が付いた農作業の様子の写真あり。
p101「盛んだった養蚕[101-3]蚕影(こかげ)神社 上溝 1970年代」の項に、「蚕神を祭った神社で、養蚕の豊蚕を願い盛んに信仰された。蚕は[オコサマ]と呼ばれ、大事にされた。」と解説が付いた神社の鳥居と祠の写真あり。
p106「ワンポイント」として、「畜産共進会:家畜・家きん(人間に飼われている鶏・アヒルなどの鳥)の改良発達を目的に開催された品評会。乳牛・役肉用牛・豚・綿羊・やぎ・鶏・うさぎなどが出品された。1965(昭和40)年からは[農業祭]の中の一つのイベントとして開催されている。」とあり。
p107「高座豚の養豚」の「[107-1]豚の品評会 上溝小学校 1961(昭和36)年」の項に、「上溝小学校の校庭で開催された第十回相模原市畜産共進会における豚の品評会の様子。」と解説が付いた校舎と豚の写真あり。
「[107-2]相模原と畜場正門 上溝 1964(昭和39)年ころ」の項に、「養豚が盛んな相模原には、明治期から豚肉の加工・処理の場が設けられ、1960(昭和35)年に(株)相模原と畜場が建設された。」と解説が付いた建物と門の写真あり。
「[107-3]畜霊塔 上溝 1981(昭和56)年」の項に、「畜霊塔は市内に数基見られるが、旧相模原市食肉センター敷地内にも、食肉にされた豚を供養するための塔が建立された。」と解説が付いた「畜霊塔」の写真あり。
「[107-4]相模原と畜場内部 上溝 1964(昭和39)年ころ」の項に、「肉豚の解体・加工施設の様子。内部に豚の枝肉が吊下げられている。」と解説が付いた写真あり。
「[107-5]豚肉の加工 上溝 1964(昭和39)年ころ」の項に、「豚の枝肉を背にした、食肉の加工風景。1975(昭和50)年には、豚肉の生産額が7憶9,000万円に達した。」と解説が付いた写真あり。
p107「ワンポイント」として、「豚肉の加工・処理の場:1896(明治29)年、高橋三吉が地域の要望を受けて上溝町高橋屠(と)獣場」を開設したことに始まる。開設以前、生豚は「横浜と畜場」に運び、処理しなければならなかったため、輸送の負担が大きかった。」とあり。
p109「[109-1]第十回畜産共進会 上溝小学校 1961(昭和36)年」の項に、「豚と同様に、牛も市内で品評会が実施された。肉牛の飼育頭数は比較的少なく、1965(昭和40)年で500頭であった。」と解説が付いた校舎と牛の写真あり。

③『相模原ふるさと歴史散策』 相模原郷土懇話会/編 JA相模原市 200507 (自館請求記号:K1-29)
史跡の紹介で、該当の記載なし。

④『相模原の養蚕業と上溝市場[製本]』 相模原市教育委員会社会教育部社会教育課 相模原市教育委員会 1987 (自館請求記号:K1-63)
相模原の養蚕業と生糸・繭商、「上溝市場」についての詳しい記載あり。

⑤『相模原商工発展史』 相模原商工会議所 1976 (自館請求記号:K1-67)
p57-63「第2章 相模原の商業 第2節 上溝市場」の項に、「上溝市場」についての詳しい記載あり。

⑥『上溝の市場と商家』 相模原市教育委員会生涯学習部博物館建設事務所/編 相模原市教育委員会 1994 (自館請求記号:K1-26)
p10-14「Ⅱ 上溝市場の商店と商店街 二 商店街としての上溝市場」の項に「(一)明治期の商店構成」「(二)大正期の商店構成」あり。
p69「Ⅴ おわりにかえて」の項に「上溝市場は、生糸・繭市場として開設されただけに、集落内の商店には、明治・大正期を通して糸繭商が比較的多いのが特色で、商店全体の10%程度を占めている。」とあり、その後の様子も記載あり。

調べものコーナーの郷土資料の書架をブラウジングしたところ、以下の資料が見つかった。
⑦『JA相模原市50年のあゆみ』 相模原市農業協同組合/編 相模原市農業協同組合 201310 (自館請求記号:K1-61)
p35-38「第1章 50年の足跡 1.相模原市農協の発足からJAへ 経済事業の変遷」の項に、「[販売事業]として、[養蚕][酪農][養豚][養鶏]」についての解説あり。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本史  (21)
商業  (67)
参考資料
(Reference materials)
『相模原市史 現代図録編』 相模原市総務部総務課市史編さん室/編 相模原市総務部総務課市史編さん室 2004
『相模原の養蚕業と上溝市場[製本]』 相模原市教育委員会社会教育部社会教育課 相模原市教育委員会 1987
『相模原商工発展史』 相模原商工会議所 1976
『上溝の市場と商家』 相模原市教育委員会生涯学習部博物館建設事務所/編 相模原市教育委員会 1994
『JA相模原市50年のあゆみ』 相模原市農業協同組合/編 相模原市農業協同組合 2013
キーワード
(Keywords)
相模原
上溝
産業
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
小中学生
登録番号
(Registration number)
1000301462解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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