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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
熊本県立図書館 (2110023)管理番号
(Control number)
0401002681
事例作成日
(Creation date)
20210127登録日時
(Registration date)
2021年07月06日 00時30分更新日時
(Last update)
2021年10月17日 09時52分
質問
(Question)
水戸藩の「彰考館」に関連する人物の以下2件について調べたい。
①佐々宗淳(さっさ むねきよ)が記した「立志論」の文章はどこにあるか?
②佐々宗淳の没後、安積澹泊(あさかたんぱく)が墓碑の撰文を書いているとのことだが、その文章がどこかに載っていないか?
回答
(Answer)
①「立志論」は国文学研究資料館所蔵の『十竹遺稿(別書名:十竹斎遺稿)』(著作ID218940)に収録されている。


【追記】
後日情報提供があり、慶應義塾大学所蔵の写本『十竹遺稿』中に「立志論」が収録されており、閲覧できることを確認した。

十竹遺稿(外題) 十竹[佐々十竹][著] 写本
慶応義塾大学 蔵
https://search.lib.keio.ac.jp/permalink/81SOKEI_KEIO/188bto4/alma990019796550204034
(2021.10.17最終確認)

Google ブックス
https://books.google.co.jp/books?vid=KEIO10812699696&redir_esc=y (2021.10.17最終確認)


②『続続 群書類従 第十三 詩文部』国書刊行会/編,国書刊行會,1909年に収録されている「澹泊齋文集巻一」内のp.313に「十竹居士佐佐氏碑陰」が載っており、依頼者が所持している資料に記載されている内容を確認したところ、これが探している撰文であった。

【調査に使用したサイト】
国文学研究資料館『十竹遺稿』
http://base1.nijl.ac.jp/~tkoten/ (2021年2月現在)
※このサイトの検索ページへ進み、全項目で「十竹遺稿」と検索すると所蔵情報あり。

徳川ミュージアム・収蔵品データベース:十竹遺稿
http://jmapps.ne.jp/tokugawa/det.html?data_id=1759 (2021年2月現在)

徳川ミュージアム・レファレンスルーム(2021年2月現在:当面の間休止となっている)
https://www.tokugawa.gr.jp/study/reference/ (2021年2月現在)
回答プロセス
(Answering process)
①依頼者が所持していた『助さん・佐々介三郎の旅人生(水戸の人物シリーズ7)』(但野正弘/著,錦正社,平成20年刊)を自館所蔵していたので調べてみると、p.170に『十竹遺稿』写本一冊(彰考館蔵)の紹介文があり
「その冒頭に収められているのが、介三郎(僧名は祖淳)自身が仏門修行と還俗の事情を書き留めた「立志論」である。(後略)」
と載っていた。
そこで『十竹遺稿』の所蔵調査を行った。
自館所蔵も国会図書館サーチでもヒットなし。
日本古典籍総合目録データベースで調査したところ、国文学研究資料館に所蔵があることがわかった。

国文学研究資料館に参考調査依頼を出し、マイクロ資料『十竹遺稿」(著作ID:218940)に「立志論」の掲載があることを確認した。
なおこの資料は原資料所蔵元の「徳川ミュージアム」との取り決めにより複写サービスはできないとの回答だった。

②依頼者が所持しているものとは同タイトルで別資料の『佐々宗淳と熊本』(水戸史学 第2号(昭和50年3月)(吉原亀久雄/著,佐々宗淳/校訂,水戸史学会,1975年)を自館所蔵していたので調べたところ、p.48に「(五)「澹泊斎文集」八巻(「続々群書類従」に収む)」と記載があった。
そこで自館所蔵の『続続 群書類従 第十三 詩文部』を確認するとp.298~「澹泊斎文集」の中に「十竹居士佐佐子碑陰」(p.313)が収録されていた。

確認のため依頼者が所持しているものと同じ『佐々宗淳と熊本 西国史料探訪の旅』(吉原亀久雄/著,佐々宗淳/伝,熊本新評社,1991年)を見てみると
p.37に「宗淳の僚友安積覚兵衛(澹泊)撰文による墓碑「十竹居士佐佐君之墓の碑文」や
p.66の「安積覚の撰文」という項の中に「安積覚の撰文という「十竹居士佐佐君之墓」の碑文に見入った」と書かれていた。

また『助さん・佐々介三郎旅人生(水戸の人物シリーズ7)』のp.21にある撰文に「「寛永十七年義斎讃岐を去る。五月五日舟を一小島に泊めて君を生む。小字島介」と書かれている」とあったので、前出の『続続 群書類従 第十三 詩文部』に載っていた「十竹居士佐佐子碑陰」を再度確認すると、p.314の上段5行目に漢文で同内容が書かれており、探している撰文に間違いないため紹介した。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本語  (081 10版)
参考資料
(Reference materials)
国史大辞典 15上,国史大辞典編集委員会/編,吉川弘文館,1996.6 (p343「立志論 ⑥378b[佐々宗淳]」とあり|0116324757|R/210/コ/)
国史大辞典 6,国史大辞典編集委員会/編,吉川弘文館,1985.11 (p378「佐々宗淳」あり。参考文献として『水戸史学先賢伝』『大日本史紀伝志表撰者考』『佐々宗淳』とあり。|0111995676|R/210/コ/)
国史大辞典 1,国史大辞典編集委員会/編,吉川弘文館,1979.3 (p123「安積澹泊」あり。|0110029477|R/210/コ/)
佐々宗淳と熊本,吉原 亀久雄/著,水戸史学会,1975年 (p48:「(五)「澹泊斎文集」八巻(「続々群書類従」に収む)」と記載|0110213865|C/205/ヨ/)
茨城県大百科事典,茨城新聞社/編集,茨城新聞社,1981 (p.|0116401530|R/213.1/イ/)
水戸学辞典,高須 芳次郎/編,水戸学大系刊行会,1942年 (0111508024|/121.8/タ/)
続続 群書類従 第13 詩文部,国書刊行会/編,國書刊行曾,1909年 (p298~『澹泊文集』あり。 p313~314「十竹居士佐左子碑陰」あり。|0110335056|/081/グ/3-13)
助さん・佐々介三郎の旅人生,但野 正弘/著,錦正社,2008.7 (p.21:撰文の内容一部あり。p.170『十竹遺稿』冒頭に「立志論」が収められているとの記述あり。|0119185965|C/283/サ/)
佐々宗淳と熊本,吉原 亀久雄/著,熊本新評社,1991.2 (p.36:宗淳の伝記研究,p.66:安積覚の撰文|0114680085|C/283/サ/)
キーワード
(Keywords)
佐々宗淳
さっさむねきよ
佐々介三郎
さっさすけさぶろう
佐々十竹
さっさじっちく
安積澹泊
あさかたんぱく
立志論
墓碑
撰文
水戸藩
彰考館
照会先
(Institution or person inquired for advice)
国文学研究資料館
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
その他
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000301390解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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