このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
東京都江戸東京博物館 図書室 (4110007)管理番号
(Control number)
edo2020-02
事例作成日
(Creation date)
2021年02月01日登録日時
(Registration date)
2021年03月27日 09時53分更新日時
(Last update)
2021年04月01日 15時21分
質問
(Question)
時代劇で馬に乗るとき、右側から乗っているのを見た。現代では左側から乗ると思うが、(1)いつから左乗りになったか。また、(2)右乗りだった理由が知りたい。
回答
(Answer)
(1)いつから左乗りになったか
 『うまはくブックレット №7 横浜ウマ物語 文明開化の蹄音』(【資料1】)に、幕末に西洋文化が入ってくるまで、日本人は右側から馬に乗っていた、とあります。
 『間違いだらけの時代劇 河出文庫』(【資料2】)には、現代は馬の左側からが常識であるが、昔の作法はまったく逆。馬の右側から乗り降りした、とあります。『間違いだらけの時代劇 続 河出文庫』(【資料3】)・『考証要集 秘伝!NHK時代考証資料』(【資料4】)にも馬の右側から乗る、とあります。
 『馬の文化叢書 8 馬術』(【資料5】)では、日本の近代馬術は、明治になってから陸軍の主導で移入され発展した、とあります。

(2)右乗りだった理由
 『うまはくブックレット №7 横浜ウマ物語 文明開化の蹄音』(【資料1】)によると、右から乗るようになった理由ははっきりとはわからないが、「日本の武士は左の腰部に刀を下げていて、左乗りだと騎乗する時に刀の鞘が馬の腹に当たって乗りにくい」「左乗りだと箙(矢を入れている筒)から矢が落ちてしまう」「馬に乗ろうとしていて襲われた時にすぐに対応できるため」など諸説ある、とあります。
 『間違いだらけの時代劇 続 河出文庫』(【資料3】)では、太刀を左腰に水平に佩用するので、柄が馬体を突かぬ用心からからである、とあります。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
武術  (789 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】『うまはくブックレット №7 横浜ウマ物語 文明開化の蹄音』 秋永和彦 著 馬の博物館 編 神奈川新聞社 2004年 M37 /UM-001/ 010-07 (p.62・64)
【資料2】『間違いだらけの時代劇 河出文庫』 名和弓雄 著 河出書房新社 1991年 2105 /B1058 /091 (p.21)
【資料3】『間違いだらけの時代劇 続 河出文庫』 名和弓雄 著 河出書房新社 1994年2105/B1763/0094 (p.75)
【資料4】『考証要集 秘伝!NHK時代考証資料 文春文庫』大森洋平 著 文芸春秋 2013年 2101 / B297 /0013 (p.49)
【資料5】『馬の文化叢書 8 馬術』 江上波夫 他監修 千葉幹夫 編 馬事文化財団 1994年 6452 / 003 /008 (p.524)
キーワード
(Keywords)
乗馬
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
(関連機関)「馬事文化財団」 https://www.bajibunka.jrao.ne.jp/index.php  (2021/02/25確認)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000295846解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
Twitter
このデータベースについて
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築している、調べ物のためのデータベースです。詳細

活用法

刊行物・グッズ
新着データ
最近のアクセスランキング
レファ協PickUP!