レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021/01/28
- 登録日時
- 2021/03/20 00:30
- 更新日時
- 2021/03/20 00:30
- 管理番号
- 6001048461
- 質問
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解決
織田信長の小姓・森蘭丸の次のような逸話を聞いたことがあるが、載っている本が知りたい。
・織田信長が小姓を呼び出したものの「何も無い」と返す。実は、信長は見えにくいゴミを部屋の入り口付近に置いており、小姓達がそれに気付くか試していた。結果は森蘭丸のみ、そのゴミに気付いた。
また、他にも森蘭丸に関する逸話があれば知りたい。
- 回答
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1)質問の逸話の出典について
森蘭丸関連資料や戦国時代の逸話を収載した資料などを調査した。
次の資料で、織田信長が登場する類似の逸話は見つかったが、森蘭丸が登場するものは発見できなかった。
・『戦国逸話事典』(逸話研究会/編 新人物往来社 1989.1)
p.145-146に「織田信長、気働きを語る」と題して『備前老人物語』から引用している。ここでは「三人目の小姓」とされているだけで、森蘭丸の名前は登場しない。念のため『備前老人物語』も確認したが、「小姓」とのみ記されている。
さらに調査を勧めると、次の資料にこの逸話についての考察が書かれていた。
・『信長の親衛隊 : 戦国覇者の多彩な人材 (中公新書)』(谷口克広/著 中央公論新社 2002.5)
p.169-175「蘭丸伝説の形成」において、著者は森蘭丸の逸話の出典や変遷について書いており、質問の逸話については次のように考察している。
(1)「信長の切った爪を数えた話」と「ゴミに気付いた三人目の小姓の話」という逸話の原型が、比較的早くに書かれた松浦鎮信著『備前老人物語』にあったが、その時はどちらにも森蘭丸の名は登場していなかった。
(2)それがのちに刊行された貝原益軒著『朝野雑載』において、「信長の切った爪を数えた話」と、『備前老人物語』にあった「ゴミに気付いた三人目の小姓の話」が合体して一つの話となり、森蘭丸の逸話として収録されたと思われる。
つまり、『備前老人物語』にはもともと、二人の小姓が織田信長の意をくめず、無名の三人目の小姓がゴミに気付くことに成功する「ゴミに気付いた三人目の小姓の話」と、ある無名の小姓一名が単純に織田信長の切った爪を数えほめられるという「信長の切った爪を数えた話」が掲載されていただけで、森蘭丸は影も形もなかった。それが、『朝野雑載』では、この二つの逸話が合体し、ゴミの要素が消え、成功する三人目の小姓の名前が森蘭丸とされた「信長の切った爪を、三人目の小姓(森蘭丸)が数え、信長にほめられる話」に変化して収録されている。以後の逸話集や随筆でも、ほぼ『朝野雑載』の内容と同様のものか『備前老人物語』の「信長の切った爪を数えた話」の小姓が森蘭丸とされている逸話となっており、結論として「ゴミ」の逸話と「森蘭丸」が併存する、質問と同じ内容の逸話はないと考えられる。
(参考)
・『備前老人物語 武功雑記 (古典文庫)』(松浦鎮信/撰 神郡周/校注 現代思潮社 1981.8)
いずれも森蘭丸の名前は登場しない。
p.16-17「ゴミに気付いた三人目の小姓の話」
p.100 「信長の切った爪を数えた話」
・『益軒全集 8巻』([貝原/益軒∥著] 国書刊行会 1973)
『朝野雑載 巻之七』 p.236-237
森蘭丸の逸話として掲載されている。
・信長の切った爪を数えた話(ただし一人目、二人目の小姓が爪を数えず、蘭丸のみが爪を数えるという内容)
なお、この資料にはほかにも森蘭丸に関する次の逸話が収録されている。
・わざと転倒して蜜柑を散らかした話
・信長の刀の鞘の模様を数えた話
・水を入れた器を乗せた蔀戸を閉めさせようとする話(この話は『名将言行録』『戦国逸話事典』に収録なし)
2)森蘭丸に関する逸話が載っている資料
1)で紹介した資料『信長の親衛隊』の「蘭丸伝説の形成」(p.169-175)で、著者は「「蘭丸伝説」は十七世紀に醸成され、十八世紀前半にいろいろな随筆で紹介されることにより完全に定着した。」としている。それら随筆の逸話の中から、「十九世紀、森家の家譜では、こうして伝わった蘭丸伝説の半分ほどを採用した。」(p.174-175)が、家譜という性質上一般に流布はせず、最終的に明治時代になって『名将言行録』が出版され、ほとんどの蘭丸伝説が網羅され、「蘭丸伝説」が完成したとしている。
p.172には、森蘭丸の逸話として伝わる10件について、武将の逸話集や随筆の収録状況がわかる一覧表があるので、この資料を参考に調査した結果、次の2冊で森蘭丸の逸話は概ね見ることができることがわかった。
・『名将言行録 3 (岩波文庫)』(岡谷繁実/著 岩波書店 1943.12)
本書は幕末の舘林藩士・岡谷繁実が幕末から明治時代まで15年かけて収集記録した戦国時代から江戸中期にかけての武将列伝で、p.57-62「森長康」(「長康」は森蘭丸の諱とされているうちの一つ)の項に以下の10件の逸話を収録している。
1)出仕して信長から寵遇を受ける話
2)信長の切った爪を数えた話
3)信長の刀の鞘の模様を数えた話
4)わざと音を立てて障子を閉める話
5)わざと転倒して蜜柑を散らかした話
6)地震の際に信長に諫言した話
7)接伴、奏者役をつとめる話
8)信長が光秀打擲の際に光秀の逆心を予見する話
9)信長の見た夢から光秀の謀反を予見する話
10)信長の三つの秘蔵のものの話
※この資料は国立国会図書館デジタルコレクションで公開されており、インターネットで閲覧可能。(2021/1/28現在)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1043026
30コマ-33コマ
・『戦国逸話事典』(逸話研究会/編 新人物往来社 1989.1)
次の逸話の現代語訳が収録されている。( )内は出典となる資料。
p.143-145
11) 森蘭丸、障子の開け閉めで配慮(『鳩巣小説』) ※前述『名将言行録』4)と同じ話
12) 森蘭丸、機転の転倒(『朝野雑載』) ※『名将言行録』5)と同じ話
13) 「欲しいのは近江坂本」(『改正三河後風土記』)
14) 森蘭丸、織田信長から刀をもらう(『老談一言記』) ※『名将言行録』2)、3)が合体した内容
p.163
15) 森蘭丸、明智光秀の反逆を予知(『武将感状記』) ※『名将言行録』8)と同様の話
p.174
16) 森蘭丸、明智光秀を鉄扇で打つ(『絵本太閤記』)
なお、上記逸話のうち、2)、3)、6)、10)の4件については、次の森家の史料にも同様の内容の逸話が記載されている
・『森家伝記』
この史料は岡山県立図書館電子図書館システム「デジタル岡山大百科」で公開されている。(2021/1/28現在)http://digioka.libnet.pref.okayama.jp/mmhp/kyodo/waso/0002118826/pageframe.htm
このデータベースの解説によると、『森家伝記』は、文久3年(1863)に大河内信右が書いた「津山藩主森家の伝記」とあり、p.42-50に森蘭丸(蘭丸長定)についての記述がある。画面上部にある「翻刻ON/OFF」ボタンをクリックすると、翻刻(くずし字を活字に直したもの)をWeb上で閲覧可能。
p.42:1)出仕して信長から寵遇を受ける話、6)地震の際に信長に諫言した話
p.44:10)信長の三つの秘蔵のものの話、2)信長の切った爪を数えた話 ほかにも上杉家を偵察する話あり。
p.45:3)信長の刀の鞘の模様を数えた話
森家の家譜類では、『森家系図』、『森家先代実録』などにも同様の逸話が収録されている。
その他にも森蘭丸の逸話が掲載されている資料はあるが、上記の内容が合体ないしは一部抜粋された、類似の内容となっている。
[事例作成日:2021年1月28日]
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本史 (210 10版)
- 日本 (281 10版)
- 参考資料
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- 戦国逸話事典 逸話研究会∥編 新人物往来社 1989.1 (143-145,174)
- 信長の親衛隊 谷口/克広∥著 中央公論新社 2002.5 (169-175)
- 備前老人物語 武功雑記 松浦/鎮信∥撰 現代思潮社 1981.8 (16,100)
- 益軒全集 8巻 [貝原/益軒∥著] 国書刊行会 1973 (236-237)
- 名将言行録 3 岡谷/繁実∥著 岩波書店 1943.12 (57-62)
- http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1043026 (国立国会図書館デジタルコレクション:『名将言行録 3 (岩波文庫)』(2021/1/28現在))
- http://digioka.libnet.pref.okayama.jp/mmhp/kyodo/waso/0002118826/pageframe.htm (デジタル岡山大百科:『森家伝記』(2021/1/28現在))
- キーワード
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- 逸話(イツワ)
- 戦国武将(センゴクブショウ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物・団体,その他
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000295565