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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
佐賀県立図書館 (2110026)管理番号
(Control number)
0000201575
事例作成日
(Creation date)
20201114登録日時
(Registration date)
2021年02月06日 00時30分更新日時
(Last update)
2021年02月28日 13時41分
質問
(Question)
波多三河守親が、常磐国筑波で軟禁されていた場所の記録はありますか。
回答
(Answer)
次の資料に記載がありました。
 (1)『松浦叢書 第1巻』 吉村 茂三郎/編 名著出版 1974
  p.309-310 「60 波多三河守源親 遠流の次第記」 波多家の臣黒川源三郎手記の写 文禄3(1594)年甲午5月

 (2)『岸岳城一連記』 松尾 香/著 伊万里市 1997
  p.24 『肥前陶磁史考』によれば、慶長元(1596)年正月、波多親、朝鮮より帰陣するや黒田長政は小川島に出て秀吉の命を伝えて波多の領地を没収し、そして親は常陸の佐竹義宣に預けられることと成った。

 (3)『佐賀県近世史料 第1編 第1巻』 佐賀県立図書館/編集 1993
  p.711-712 彼波多三河守源親ト申スハ、~(中略)三河守ハ後ニ佐竹義宣ヘ被預、妻子ト共ニ常州水戸ヘ赴キ、法躰シテ休斎ト号ス~(中略)、三河守妻室、寛永元(1624)年7月晦日、於佐嘉興賀卒去、七十九、法名静室尼、於居所建妙安寺、養息彌太郎吉、於佐嘉早世~。

 (4)『松浦党研究の歩み』 富岡行昌/編 2003
  p.30-32 「波多三河守の改易の時期」 結局、波多三河守の領地没収は、文禄2(1593)年2月の段階において決まり、同年旧領地は寺沢志摩守の領地となった。
  p.32-34 「改易後の三河守」 文禄3(1594)年3月、波多三河守の処分は最終的に決まり、三河守は旧領地に入ることを許されず、徳川家康へ預けの処置を受け、その途中身柄は筑波の佐竹義宣家に預けの処分となった。
  p.34-36 「流刑地の三河守」 ~三河守は常陸の佐竹義宣に預けとなり、筑波山山麓に幽閉されていることがわかる。」

 (5)『松浦党研究 第8号』 松浦党研究連合会/編 芸文堂 1985
  p.62-64、p.64-66、p.66-68は、(4)と同内容。

 (6)『松浦黨盛衰史』 井手 徹/著 長崎市 1999
  p.142 文禄3(1594)年甲午、名護屋よりの御下知ありて、波多三河守の軍勢最も多く彼処にて討死して、終に三百余騎にて帰陣の処、秀吉公、三河守と船より出てしめざる上、黒田甲斐守に仰せ付けられ、黒田承は海上へ出迎へ上意の趣申渡し、家康公に相渡し公御預り置かれ常州筑波山の麓へ配流なり。
  p.165 地図に、「岸岳城城主三河守配流場所 筑波山」と記載あり。

 (7)『肥前陶磁史考 復刻版』 中島 浩気/著 青潮社 1985
  p.91 「波多領没収」 慶長元(1596)年正月、波多親朝鮮より帰陣するや、黒田長政は小川島に出て秀吉の命を伝えて波多の領地を没収し、そして親は常陸の佐竹喜宣に預けられることとなった。

 (8)『佐賀県の地名 日本歴史地名大系 42』 平凡社 1980
  p.284 「岸岳城跡」 文禄2(1593)年岸岳城と所領は没収になり、翌3(1594)年筑波山(現茨城県)山麓に流された。

 (9)『岸岳城盛衰記 下』 山崎猛夫/著 第一法規出版 1981
  p.163 「配所の三河守」 その後三河守は配所の筑波山麓に入ったというも、その場所は明らかではない。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
九州地方  (219)
参考資料
(Reference materials)
(1)吉村茂三郎/編 , 吉村茂三郎. 松浦叢書 第1巻. 名著出版, 1974.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I026237808-00
(2)松尾 香/著. 岸岳城一連記. 松尾 香, 1997. (三河守親にまつわる物語)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I071133687-00
(3)佐賀県立図書館 編 , 佐賀県立図書館. 佐賀県近世史料 第1編 第1巻. 佐賀県立図書館, 1993.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002239186-00
(4)富岡行昌/編. 松浦党研究の歩み. 富岡行昌, 2003.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I071055353-00
(5)松浦党研究連合会/編. 松浦党研究 第8号. 芸文堂, 1985.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I070805554-00
(6)井手 徹/著. 松浦黨盛衰史 : 九州の歴史 松浦黨盛衰史. 1999.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I070981027-00
(7)中島浩気 著 , 中島, 浩気, -1955. 肥前陶磁史考. 青潮社, 1985.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001788622-00
(8)佐賀県の地名. 平凡社, 1980. (日本歴史地名大系)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I065012825-00
(9)山崎猛夫 著 , 山崎, 猛夫, 1921-2001. 岸岳城盛衰記 : 波多氏の栄光と哀歌 下. 第一法規出版, 1981.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001517566-00
キーワード
(Keywords)
波多三河守
波多親
筑波山
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000293542解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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