レファレンス事例詳細(Detail of reference example)
提供館 (Library) | 所沢市立所沢図書館 (2310110) | 管理番号 (Control number) | 所沢所分-2020-010 | |||||||||||||
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事例作成日 (Creation date) | 2018/04/24 | 登録日時 (Registration date) | 2021年02月03日 00時30分 | 更新日時 (Last update) | 2021年02月04日 11時23分 | |||||||||||
質問 (Question) | 「悲田処(ひでんしょ)」について書かれている本はないか | |||||||||||||||
回答 (Answer) | 悲田処が設置された場所は、多磨・入間両郡を貫く東山道武蔵路周辺と考えられており、具体的には、所沢市久米説・東村山市諏訪町説・同秋津町説・清瀬市野塩説など諸説あるが、いずれも決め手を欠いているのが現状である。(参考資料:『ところざわ歴史物語』 所沢市教育委員会/編 2020年) 以下の資料に記載があります。 〇『所沢史話』 内野弘/著 所沢市教育委員会 1974年 〇『東村山市史 1』 東村山市史編さん委員会/編集 東京都東村山市 2002年 〇『久米の歴史』 久米の歴史を綴る会/編 久米の歴史を綴る会 2015年 〇『続日本後紀 上』 [藤原良房/撰] 講談社 2010年 〇『ふるさと所沢』 所沢市役所企画部企画課広報係 1969年 〇『所沢市史 上』 所沢市史編さん委員会/編 1991年 〇『ところざわ歴史物語』 所沢市教育委員会/編 2020年 〇『清瀬市史』 清瀬市/編集 2020年 〇『埼玉史談 2』 埼玉県郷土文化会 編 国書刊行会 1972年 〇『ふるさと久米 今と昔』 平塚義角/著 所沢郷土美術館 1985年 | |||||||||||||||
回答プロセス (Answering process) | 1所蔵資料の内容確認 〇『所沢史話』 内野弘/著 所沢市教育委員会 1974年 p.27~33 「武蔵国悲田処跡」 p.27~28 「武蔵の国府からの申し出によると武蔵国は管内が大変広い上に、交通路に難儀な場所が多く公用や私用で旅をする人々の中に、飢や病で苦しむ者が多い。そこで多磨・入間両群の境に悲田処を置き、五軒の家を建て、国府の役人六人が各々給料の一部を出し合い、その利息で食糧などを、いつも備えて置きたいとのことである。」との記載あり。 〇『東村山市史 1』 東村山市史編さん委員会/編集 東京都東村山市 2002年 p.343~345 「旧東山道と悲田処」 p.343 「武蔵国府は、広大な管轄地域の交通について、行路が「多難」であるばかりか、公私の旅行者に飢餓者や病人が数多く出るため、多摩・入間の群界に「屋五宇」を建ててこれを悲田処とし、武蔵介以下小目以上の公廨(俸給稲)を割いて出挙を行い、その利息によってこれを運営したい旨を請い、これを許されている」との記載あり。 〇『久米の歴史』 久米の歴史を綴る会/編 久米の歴史を綴る会 2015年 p.4 「(2)悲田処の伝説」 「悲田処は9世紀前半に、武蔵国司らの中央政府への請願によって多摩・入間両群の境に置かれ、10世紀前半の時点まで存続していたことが、文献によって確認できる施設でした。その目的は飢えや病に難儀する旅行者の救済にありました。悲田処が設置された場所は、多摩・入間郡を貫く東村山武蔵路周辺と考えらており、具体的には所沢久米説・東村山市諏訪町説・同秋津町説・清瀬市野塩説など諸説ありますが、いずれも決め手を欠いているのが現状です。久米の「悲田処跡公園」は、元市指定史跡でしたが、後に解除されました。」との記載あり。 〇『続日本後紀 上』 [藤原良房/撰] 講談社 2010年 p.50-51 「○丁酉(十一日)」の条 「武蔵国が次のように言上した。武蔵国は管内が広く、国内を旅行するに際し困難が多く、公私の旅行で多磨・入間両郡の郡境に悲田処を置き、五軒の屋舎を建て、介従五位下当宗宿禰家主以下、少目従七位上大丘秋主以上の六人がそれぞれの公廨(俸禄)を割いて、食糧の原資とすることを企画しました。割いた公廨分は帳簿に登載して出挙(利息付貸付)し、その利息を充用することとし、以後は後任の国司が引き継ぎ、他用は認めないようにしたいと思います。上言は許可された。」との記載あり。 p.53に上記記載部分の原文あり 〇『ふるさと所沢』 所沢市役所企画部企画課広報係 1969年 p.11 「武蔵国悲田処跡」の項目に上記の『続日本後記』から引用した説明の記載あり。 2後日調査の追加事項 〇『所沢市史 上』 所沢市史編さん委員会/編 1991年 p.282~285 「悲田処」「悲田処の位置」「竹の花悲田処跡説」の項目あり。 〇『ところざわ歴史物語』 所沢市教育委員会/編 2020年 p.13 「トピックス悲田処」の項目あり。 〇『清瀬市史』 清瀬市/編集 2020年 p.3~44 「第一章 悲田処をめぐって」の項目あり。 〇『埼玉史談 2』 埼玉県郷土文化会 編 国書刊行会 1972年 p.305~316 「多摩・入間兩群界の悲田処」の項目あり。 〇『ふるさと久米 今と昔』 平塚義角/著 所沢郷土美術館 1985年 p.69~75 「一 悲田処について」の項目あり。 | |||||||||||||||
事前調査事項 (Preliminary research) | ||||||||||||||||
NDC |
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参考資料 (Reference materials) |
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キーワード (Keywords) |
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照会先 (Institution or person inquired for advice) | ||||||||||||||||
寄与者 (Contributor) | ||||||||||||||||
備考 (Notes) | ||||||||||||||||
調査種別 (Type of search) | 文献紹介 | 内容種別 (Type of subject) | 郷土 | 質問者区分 (Category of questioner) | 一般 | |||||||||||
登録番号 (Registration number) | 1000293416 | 解決/未解決 (Resolved / Unresolved) | 解決 |