このページではJavaScriptを使用しています。お客様の閲覧環境では、レファレンス協同データベースをご利用になれません。

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
福井県立図書館 (2110037)管理番号
(Control number)
0000001751
事例作成日
(Creation date)
2020年07月16日登録日時
(Registration date)
2021年01月23日 14時30分更新日時
(Last update)
2021年01月23日 14時31分
質問
(Question)
1550年頃、朝倉一族が最も繁栄した一乗谷に京都の公家が訪れたことを示す資料などはないか。一乗谷に多くの公家が来ていたことを示すような資料を知りたい。
回答
(Answer)
下記資料に記載がありました。

(1)『朝倉孝景』.佐藤圭∥著 戎光祥出版 2014年)
p217-223「第II部 戦国大名への道/第4章 越前の平定/公家らの越前下向」
・・・応仁の乱後の文明9~13年に公家や文化人が京から越前に下向したことについて記載されています。(一覧表あり)

(2) 『戦国武士と文芸の研究』(米原正義∥著 桜楓社 1986年)
p215-354「第2章 越前朝倉氏の文芸」

(3) 『朝倉義景のすべて』(松原信之∥編 新人物往来社 2003年)
p205-206「第11章 朝倉義景の文化活動と史跡・文化財/歴代朝倉氏の文芸」

(4) 『朝倉氏と戦国村一乗谷』(松原信之∥著 吉川弘文館 2017年)
p178-180「IV 朝倉文化/1 文化人の越前下向」
・・・(2)および、(2)をもとにした(3)と(4)の資料によれば、文明9年~永正9年(1477-1512)は経済的目的の下向が十数人、永正9年~天文17年(1512-1548)は連歌師や学者・僧侶等40人に及んだと記載されています。

(5)『越前・朝倉氏関係年表』(福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館∥編 福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館 2010年)
p172-173に、”天文19年/閏5月10日/建仁寺一華院文宝、越前に下向する(『言継卿記』3-51下、参考『五林禅林宗派図』215)”などの記載があります。

(6) 『花咲く城下町一乗谷』(福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館∥編 福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館 2005年)
p104-105「「花咲く城下町一乗谷」関係年表」で、連歌師等の下向について確認できます。

(7)『朝倉氏と戦国を生きた芸能者たち』(一乗谷朝倉氏遺跡資料館∥編 福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館 2000年)
p70-71「越前芸能関係年表」で、芸能者等の下向について確認できます。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
北陸地方  (214 8版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000292870解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決