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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
大阪府立中之島図書館 (2120002)管理番号
(Control number)
6001043274
事例作成日
(Creation date)
2020/03/05登録日時
(Registration date)
2020年04月01日 00時30分更新日時
(Last update)
2020年04月01日 00時30分
質問
(Question)
大阪市浪速区の関谷町公園の近くにある石碑に何と書かれているのか知りたい。「六道」と書いてあるように見える。
回答
(Answer)
以下の資料に解説が載っていました。
・『大阪史蹟辞典』(三善貞司/編 清文堂 1986.7)
「六道辻碑 浪速区日本橋西1丁目」の項(p.639)
「碑は関谷町公園の東南角にあり、自然石に「大阪名〇 六道〇〇」と刻まれ〇部は判読できかねるが、所と辻碑であろう。」
「公園ができる以前には、この辺りに放射線状に六方面に伸びる辻があったところから、六方の辻と呼ばれ、それがいつの間にか六道辻に変わったようである」

・『大阪伝承地誌集成』(三善貞司/編著 清文堂出版 2008.5)
「六道辻碑」の項(p.194)
「半ば埋没し「大坂名〇 六道〇〇」としか読めぬが、「所」「辻碑」であろう。」
「六道辻は(中略)古くは当地に放射状に六方面に伸びる辻があったことから六方の辻と呼ばれていた。その転訛だ。」

また、「閻魔地蔵」の項(p.61-62)にも「このあたりは紀州街道の要所にあたり、通行人も多く道も分岐する。こんな所はよく「六道の辻」と呼ばれ地蔵が祀られることが多い。」(p.61-62)との記述もありました。

なお、「六道の辻」については、次の資料にも記載がありました。
・『浪速区史』(川端直正/編集 浪速区創設三十周年記念事業委員会 1957)
p.82「東関谷町二丁目の側には西六道の辻、そこから電車道を東へ越え、現在の南北日東町を境として、学校広場西南の角が東六道の辻といわれ、何れも六つに分岐していた」


〔事例作成日:2020年3月5日〕
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216 10版)
参考資料
(Reference materials)
大阪史蹟辞典 三善/貞司∥編 清文堂 1986.7
大阪伝承地誌集成 三善/貞司∥編著 清文堂出版 2008.5
浪速区史 川端/直正∥編集 浪速区創設三十周年記念事業委員会 1957
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
大阪,地名・地域
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000279924解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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