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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
尼崎市立歴史博物館 地域研究史料室 “あまがさきアーカイブズ” (5000006)管理番号
(Control number)
174
事例作成日
(Creation date)
2020年01月09日登録日時
(Registration date)
2020年01月09日 15時50分更新日時
(Last update)
2020年01月09日 16時02分
質問
(Question)
尼崎藩士であった先祖の役職が、尼崎藩家臣団データベース"分限"に「播州御代官」とある。播州(播磨国)のどの地の支配を担当したのか。また、尼崎城下に居住して代官を勤めたのか、あるいは任地の播州に赴任したのか。
回答
(Answer)
尼崎藩は摂津国西部(西摂)、現尼崎・伊丹市域から神戸市域にかけて、近世初頭に5万石、後に4万石の所領を有していました。このうち、灘地方(現西宮・芦屋・神戸市域)の海岸部24か村1万4,000石余りが明和6年(1769)に上知されて幕府直轄領となり、かわりに播磨国赤穂郡・宍粟(しそう)郡・多可郡内に71か村1万9,000石余りの飛び地領が与えられました。
これら播州飛び地領のうち、播磨国東部(東播)の多可郡の領村は尼崎在勤の郡代が直接所管し、西部(西播)の領村は赤穂郡上郡(かみごおり、現上郡町)にこれを支配する陣屋がありました。尼崎藩の「播州御代官」(播州代官)は、この上郡陣屋に赴任し、同地に居住したと考えられます。
回答プロセス
(Answering process)
1 尼崎藩領の上知、播州飛び地領に関する参考文献

◆『尼崎市史』第2巻(尼崎市,1968)
第五章第四節二「尼崎藩の支配領域の変遷」

◆『尼崎地域史事典』(尼崎市,1996)/Web版尼崎地域史事典"apedia"
項目「尼崎藩領」「尼崎藩の飛び地領」「明和6年の上知」

2 上郡陣屋の播州飛び地領支配、代官赴任等について記す参考文献

◆中村光夫「尼崎藩の西播磨飛び地領支配」
尼崎市立地域研究史料館紀要『地域史研究』第17巻第1号(通巻49号、1987.10)掲載
p14に上郡陣屋の播州飛び地領支配、代官赴任等に関する記載がある。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
近畿地方  (216 10版)
参考資料
(Reference materials)
尼崎市/編 , 尼崎市. 尼崎市史 第2巻. 尼崎 尼崎市, 1968.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I024502588-00  (当館請求記号 219/A/ア-2)
尼崎市立地域研究史料館 編 , 尼崎市立地域研究史料館. 尼崎地域史事典. 尼崎市, 1996.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002486437-00  (当館請求記号 219/A/ア)
中村光夫「尼崎藩の西播磨飛び地領支配」/ 尼崎市立地域研究史料館 編 , 尼崎市立地域研究史料館. 地域史研究 : 尼崎市立地域研究史料館紀要 第17巻第1号(通巻49号). 尼崎市立地域研究史料館, 1987.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I069208831-00  (逐次刊行物)
キーワード
(Keywords)
尼崎藩
播州飛び地領
明和上知
播州代官
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
Web版尼崎地域史事典"apedia"
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/apedia/

尼崎藩家臣団データベース"分限(ぶげん)"
http://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/bugen/login.php
(このデータベースを利用するにあたっては利用登録が必要)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000272419解決/未解決
(Resolved / Unresolved)