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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000226044
提供館
(Library)
横浜市中央図書館 (2210008)管理番号
(Control number)
横浜市中央2493
事例作成日
(Creation date)
2016年04月23日登録日時
(Registration date)
2017年12月07日 19時32分更新日時
(Last update)
2017年12月07日 19時47分
質問
(Question)
昔の横浜市中区の弁天通を描いた絵葉書に「アサヒ屋」と書かれた店の看板が描かれている。
この店が現在のどのあたりにあったのかを知りたい。
回答
(Answer)
次のような資料に、所在について書かれています。
1『100年前の横浜・神奈川 絵葉書でみる風景』横浜開港資料館/編 有隣堂 1999.12
  p.66に該当の絵葉書が掲載されています。
  アサヒ屋についての解説はありませんが、
  描かれているのが弁天通4~3丁目であること、
  アサヒ屋の向かい側の建物が靴鞄商の三川信太郎商店であることが書かれています。
  また、同じページに掲載されている別の絵葉書の解説から、
  遠くに見える時計台の建物が河北時計店であることがわかります。

2『〔横浜〕電話番号簿 大正9年4月改正』 横浜中央電話局/編 横浜中央電話局 1920.8
  p.86に「アサヒ屋 石黒銺吉  辨天通四ノ六四 古郵券輸出入売買」
  とあります。

3 1で判明した、絵葉書に描かれている他の店の場所も確認しました。

 (1)『諸営業別京浜電話番号簿』 諸営業別京浜電話番号簿発行所/編 諸営業別京浜電話番号簿発行所 1907.12
   アサヒ屋は載っていませんでしたが、
   p.1003に「時計商 河北直藏  辨天通三ノ六〇」とあり、
   絵葉書に描かれている河北時計店ではないかと思われます。

 (2)『横濱成功名譽鑑 開港五十年紀念』 有隣堂 1980.10
   p.287に「靴鞄商三川商店 三川信太郎君」とあり、
   住所は「辨天通四丁目七五」となっています。

   p.511に「時計商中の雅客 河北直藏君」とあり、
   河北時計店の写真が掲載されています。
   住所は「辨天通三丁目六〇」となっています。

 (3)『明治大正昭和横浜人名録』 日本図書センター 1989.10
  「明治」p.28に「河北直藏 時計商 辨天通三ノ六〇」
  「明治」p.75に「三川信太郎 靴鞄商 辨天通四ノ七五」とあります。

4 明治39年発行の土地宝典「横浜市街全図」で
  3で判明した2つの店の住所と絵葉書に描かれた位置関係を照らし合わせると、
  アサヒ屋は辨天通四ノ六四あたりにあったと推測され、
  2の電話番号簿の記載と一致します。

  現在の地図を確認すると、横浜銀行関内支店がある場所だと思われます。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291 8版)
日本  (281 8版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000226044解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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