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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
県立長野図書館 (2110021)管理番号
(Control number)
県立長野-11-026
事例作成日
(Creation date)
2011年12月13日登録日時
(Registration date)
2012年03月12日 21時21分更新日時
(Last update)
2021年06月23日 18時11分
質問
(Question)
織田家の家臣森長可(もりながよし)が、本能寺の変(天正10年6月)後に取った行動について、『信濃史料第15巻』に記載があるか。その他信濃からの撤退の様子も含めて参考となる資料を知りたい。
回答
(Answer)
『信濃史料 第15巻』を調査したがp.230の天正一〇年五月二七日に
    廿七日、織田信長ノ将森長可、信濃ヨリ越後ニ迫ル、仍リテ、上杉景勝、越中天神山ヨリ、春日山
   ニ兵ヲ引ク
【最終確認2021.6.20】
とあり、『総見記』巻二十三(上杉家文書・二)の「河尻重能被討事附信州北國等合戦事」をあげ
    (前略)魚津ノ諸将是ヲ聞テ大ニ悦ビ、近日天神山ヘ押寄セ、景勝ヲ討取ラント相勇ム處ニ、森長
    一(長可)越後ヘ働キ、関山・三本杉(二本木)ニ到ルノ由注進アル故ヲ以テ、長尾(上杉)景勝
    大ニ驚キ、天神山ノ陣ヲ拂テ、人数ヲ引揚ケ、速ニ越後ヘ引退ク、(後略)
としている。また、補足として、
    〇長可、長沼城ヲ奪回シ、芋川親正等ヲ大蔵ニ攻メテ破ルコト、本年四月五日ノ條ニ見ユ
と記している。
 さらに、『信濃史料 補遺 上』p.554-555に、上記の『総見記』の記事の後に挿入するものとして『三壺記』加賀藩史料所収【最終確認2021.6.20】がある。
    〇上略 越後勢俄に引入事は、信州川中嶋の森勝蔵(長可)は、越後喜平次景勝(上杉)は春日山
   (越後)の城を打ちあけて、越中へ発向すと聞より、其跡に越後を切り取らんとて、松代(海津)
   (埴科郡)を打立て、善光寺(水内郡)より室飯(牟禮)(水内郡)・野尻(水内郡)関山(越後)
   近所迄押しよせ、所々に首塚つきて春日山へ取りかくると取りさたにて、春日山の城代直江山城守
   (兼続)より、絵中へ飛脚を遣す、それゆえ引返し、景勝は森勝蔵に對陣せんと、人馬の息をもつが
   ずして、荒井(越後)をさして押行、かゝる所に、上方には信長公明智に討たれ給ひ、森の亂[丸脱
   カ]も討死候由申来る、勝蔵聞より驚入、主君と云ひ弟も討死、方〲忍がたくして引返し、濃州森山
   の城へ引入、世間を窺待居たり、能州の利家公(前田)は信濃勢越後へ向はゝ、跡先より取詰て、
   景勝を討取らん物をと千悔し給ふ處に、越後勢は又能州へ舟にて押寄、石動山にたてこもるといへ
   り、北國勢又是へよせんとせんぎしきり也、
 この記載を最後に、本能寺の変の後の森長可に関する記載は確認できなかった。

 信濃からの撤退については『飯山市誌 歴史編上』「川中島地方 森長可領となる」の項p.281に「飯山城・長沼城とも織田軍が確保し、森長可は国境を越えて関山(新潟県新井市)・二本木(同)まで侵入した」「急報により、森長可は信濃を退陣、景勝はその後を追ってなだれ込み、奥信濃を制圧してしまった」との記載あり。

『国史大辞典 第13巻』p.875「もりながよし 森長可」の項、後段に
    信濃海津に在城し、禁制や安堵状を盛んに発給して新征服地の鎮撫と北方の敵上杉景勝への警戒に
   あたったが、六月の本能寺の変のため、わずか二ヵ月で撤収せざるを得なかった。『森家系譜』など
   に拠ると、その後本領の美濃金山に帰り、羽柴秀吉方に属して岐阜城の織田信孝との抗争を繰り返し
   たとある。天正十二年の小牧・長久手の戦に秀吉方として出陣。秀吉と徳川家康が対峙したまま動か
   ない戦況を打開するため、舅の池田勝入(恒興)らとともに家康の背後にまわって三河岡崎を討とう
   としたが、家康に察知され追撃されて大敗し、四月九日討死した。享年二十七
との記載がある。
 また、末尾に参考文献として『大日本史料』一一の六、天正十二年四月九日条、『森家先代実録』四 の記載があり、この資料は『大日本史料 第11編之6』 東京帝国大学文学部史料編纂所編 東京帝国大学 1936 【210.08/トウ/11-6】で当館にも所蔵されている。p.590-593に「森家先代實録」四、p.588-590「森家系譜」の森武蔵守長可の項にも長可の最後が記載されている。p.593「森家傳記」では秀吉が長可の跡目を忠政に与えたとの記載がある。
回答プロセス
(Answering process)
1 信濃史料の索引巻から「森長可」を調べ、『信濃史料 第15巻』を確認する。補遺編もあるので確認する。長野県立歴史館の「信濃史料データベース」の詳細検索でも検索できる。

2 関係地域である長野市、飯山市など郷土史誌を調査する。

3 『国史大辞典 第13巻』「もりながよし 森長可」の項に記載されている参考文献を調査する。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
個人伝記  (289 10版)
日本史  (210 10版)
中部地方  (215 10版)
参考資料
(Reference materials)
信濃史料刊行会/編輯 , 信濃史料刊行会. 信濃史料 第15巻 訂正. 信濃史料刊行会, 1969.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I015698179-00  (【N208/28a/15】)
信濃史料刊行会/編輯 , 信濃史料刊行会. 信濃史料 補遺 巻上. 信濃史料刊行会, 1969.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I005734860-00  (【N208/28a/15】)
飯山市誌編纂専門委員会 編 , 飯山市. 飯山市誌 歴史編 上. 飯山市, 1993.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002272099-00  (【N211/48/2-1】)
国史大辞典編集委員会 編. 国史大辞典 第13巻 (まーも). 吉川弘文館, 1992.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002228337-00 , ISBN 4642005137 (【210.03/コク/13】)
東京帝国大学文学部史料編纂所/編纂 , 東京帝国大学文学部史料編纂所 , 東京帝国大学文学部史料編纂所. 大日本史料 第11編之6. 東京帝国大学, 1936-04.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I059217284-00  (【210.08/トウ/11-6】)
キーワード
(Keywords)
森長可
上杉景勝
信濃史料
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000103499解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決