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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
愛知芸術文化センター愛知県図書館 (2110019)管理番号
(Control number)
愛知県図-02757
事例作成日
(Creation date)
2006/8/24登録日時
(Registration date)
2011年02月24日 02時08分更新日時
(Last update)
2021年04月10日 17時37分
質問
(Question)
戦前に開催された名古屋市(民)美術展覧会について知りたい
回答
(Answer)
 名古屋市民美術展は、 昭和4(1929)年に発足した名古屋市主催による公募展覧会である。 
 第1回は昭和4(1929)年11月1日から15日間、鶴舞公園美術館を会場に開催された。専門部・一般部・学生部の三部制、日本画・洋画・彫塑・書道・篆刻の5部門で、第2回から工芸部門が新設された。
 その後、昭和10(1935)年の第7回まで毎年開催されたが、昭和11~13年は開催されなかったようで、昭和14(1939)年11月に第8回が開催されている(会場:名古屋市公会堂・公園図書館)。この時期は、日本画・洋画・彫塑・工芸・書道の5部門であった。なお、展覧会名は昭和7(1932)年から「名古屋市美術展」となった。
 昭和15(1940)年11月は、同じ5部門で「名古屋市綜合美術展」(会場:名古屋市公会堂)が開かれた。
 昭和17(1942)年11月に和歌、俳句、詩、華道などにまで部門を広げた「第一回名古屋綜合芸術展」として開催され(主催:名古屋市・翼賛文化聯盟)、翌年の第2回まで開催されたが、その後は開催されなかったと考えられる。
回答プロセス
(Answering process)
(1)名古屋の美術活動の調査として、地域資料の歴史・芸術分野の資料から関連の記述を探す。
・【資料1】『愛知県史』資料編35(2012)により、第1回第2回の会期会場等が以下のとおり確認できる(いずれも『名古屋新聞』記事による)。
 第1回 昭和4年11月1日から15日間 会場:(鶴舞)公園美術館(pp.434-436「162 名古屋市民美術展の開催」)
 第2回 昭和5年11月1日から16日間 会場:鶴舞公園美術館(pp.476-477「186 名古屋市民美術展」)
 ※第1回は専門部・一般部・学生部の三部制、日本画、洋画、彫塑、書道、篆刻の5部門で、第2回から工芸部門が新設
 搬入総数は 第1回1,300点 第2回2,650点(p.477)

・【資料2】『20世紀愛知の美術』(1993)
 「明治も末の44年(1911)、日本画・洋画を併せ、全国で初めて民間による総合美術団体〈東海美術協会〉が設立され、愛知画壇が成立した。」(p.8)とあり、「昭和4年(1929)、東海美術協会は解散して名古屋市民美術展となり・・・」(p.10)とある。
 ※この資料と【資料1】p.919、【資料3】~【資料5】に、昭和4(1929)年に東海美術協会が解散したと書かれているが、昭和5年以降も協会の存続が確認できる(備考欄参照)。

・【資料3】『新修名古屋市史』第6巻(2000)「第7章 大正・昭和期の教育と文化 第3節 大正・昭和期の美術界」
 「同じ(昭和)四年、明治以来の中部美術界の啓蒙と発展に寄与してきた東海美術協会が、活発な在野の動きのなかで、その役割を終えるように解散する。代わって名古屋市民美術展が鶴舞美術館で毎年開かれるようになる。」p.485
 「戦争の影響は、名古屋市民展が七年、さらに戦況の変化に合わせるように14年・16年の中止になって現れる。17年には名古屋綜合美術展と改称されて徳川園でかろうじて盛会となるが、20年には戦火の拡大とともに美術団体も解散を強要され、実質的な活動を休止せざるを得なくなっていった。」p.487(以上「昭和の洋画壇」)
 「東海美術協会解散の後を受けて発足した名古屋市民美術展は、四年から10余年を経て、役割を全うし終える前に、戦争のため16年中止のやむなきにいたる。」p.488(「昭和期の書道界」)  

・【資料3】に記載のあった「名古屋綜合美術展」について、【資料1】『愛知県史』資料編35(pp.451-452、「170 第一回名古屋綜合芸術展の開催」)が、以下の内容を記した『中部日本新聞』の記事を掲載しており、「美術展」ではなく「芸術展」であったと思われる。
 第一回名古屋綜合芸術展 昭和17年11月13日-19日 主催は「市ならびに翼賛文化聯盟」(「170-1 開催予告」)
 松坂屋(表装、日本画、工芸)・十一屋(洋画、彫塑)・三星(産業美術、写真)・名古屋美術会館(華道、和歌、俳句、詩)・徳川園(書道)・丸善(写真)・市立図書館(参考古文書)の7会場(「170-2 概要」による。「170-1 開催予告」では丸善を除く6会場とする。)

(2)雑誌記事
 CiNii等でヒットなし。

 研究者は限定されると思われるため、愛知県美術館と名古屋市美術館の研究紀要を直接さがす。→【資料4】【資料5】を見つける。
・【資料4】吉田俊英「愛知近代絵画史年表〈草稿〉」(『名古屋市美術館研究紀要』第4巻(1995))
 →以下の記事あり
 1929(昭和4)年 「「東海美術協会」解散。」「「名古屋市民美術展」発足。」 
 1940(昭和15)年 「名古屋綜合美術工芸第1回展(11/18~30)」
 1941(昭和16)年 「第9回名古屋市民美術展(11/15~27)」
 1942(昭和17)年 「名古屋市民美術展が「名古屋総合美術展」となる(11/13~19)」
・【資料5】吉田俊英「愛知近代絵画史研究2 画塾・画会研究〈草稿〉」(『名古屋市美術館研究紀要』第9巻(平成11年度))
 →東海美術協会についての記載あり。

(3)一般資料
【資料6】~【資料8】『日本美術年鑑』(復刻版) →以下の回の美術展について記載あり。
・「第七回名古屋市美術展」 昭和10(1935)年11月1日-12日 於名古屋市美術館 (【資料6】昭和11年版p95、便覧p.30に「名古屋市美術展覧会」として会長名(名古屋市長大岩勇夫)、審査員名、展覧会規定抜粋など掲載)
・「第八回名古屋市美術展」 昭和14(1939)年11月19日-26日 名古屋・市公会堂、公園図書館 各部門(日本画・洋画・彫塑・工芸・書道)の審査員名、応募入選陳列点数、市長賞授賞者名を掲載 (【資料7】昭和15年版p.94)
・「名古屋市綜合美術展」昭和15(1940)年11月18日-30日 名古屋市公会堂 各部門(日本画・洋画・彫塑・工芸・書道)の審査員名、搬入入選陳列点数、市長賞授賞者名を掲載(【資料8】昭和16年版p.73)

【資料9】『昭和期美術展覧会出品目録 戦前編』(2006)には記載なし。

(4)新聞記事
 会の内容と、資料1-8に記載のない年の開催状況を中心に調査。
・『名古屋新聞』【資料10】で、各年10月末から11月初の紙面を確認し、昭和6年~9年も毎年展覧会が開催されていることを確認。各回の入選者、入賞者を掲載した記事もあり。
・昭和7(1932)年の第4回展から展覧会名が「名古屋市民美術展」から「名古屋市美術展」に変わっていることを確認(10月30日4面、11月2日4面等)。
・昭和15(1940)年の「名古屋市綜合美術展」は、「第十回名古屋綜合美術展」(11月13日)、「紀元2600年奉祝綜合美術展」(11月16日)などと表記。
・【資料4】に昭和16(1941)年「第9回名古屋市民美術展(11/15~27)」との記載があっためその年の新聞を確認したが、関連する記事を確認できず。

(5)その後、新たに刊行された【資料11】『愛知県史』愛知県史 通史編8 近代3(2019) に以下の記載があった。
・「また、活性化の要因の一つとして、一般美術愛好家を対象に公募展を実施したことが挙げられる。(中略)さらに記述すべき事項として、一九二九年から「名古屋市民美術展」が開催され、中央画壇から審査員を招聘したことが挙げられる。例えば日本画では松岡映丘、川崎小虎、洋画では牧野虎雄、山本鼎、中川紀元、彫刻では北村西望、毛利教武、工芸では藤井達吉、津田信夫、書では武田霞洞など中央美術界で活躍中の作家が公募作品の審査にあたっている。」pp.409-410(第5章 昭和初期の教育と文化 第3節 都市化の進展と文化)
・「当地域においては一九四二年十一月十三~十九日にかけて「第一回名古屋綜合芸術展」(翌年の二回展まで開催)が、絵画、表装、商業美術、写真、華道、書道、和歌・俳句・誌(※原文ママ)、古文書の各分野を包括統合した形で、松坂屋・十一屋・三星・名古屋美術会館・徳川園・市立図書館の七会場で開催された。」pp.693-694(第8章 戦時下の教育と文化 第3節 戦時下の文化)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
団体  (706 9版)
参考資料
(Reference materials)
【資料1】愛知県史編さん委員会 編. 愛知県史 資料編35. 愛知県, 2012.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I043550838-00  (当館資料コード:1110403782)
【資料2】愛知県美術館 編. 20世紀愛知の美術 : 愛知県美術館開館記念展第3部. 愛知県美術館, 1993.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002283291-00  (当館資料コード:1106270581)
【資料3】新修名古屋市史編集委員会 編. 新修名古屋市史 第6巻. 名古屋市, 2000.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002937642-00  (当館資料コード:1107900964)
【資料4】名古屋市美術館 編 , 名古屋市美術館. 名古屋市美術館研究紀要 4. 名古屋市美術館, 1995-03., ISSN 09187359
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I002243013-00  (当館請求記号:Z/A706/ナ)
【資料5】名古屋市美術館 編 , 名古屋市美術館. 名古屋市美術館研究紀要 9. 名古屋市美術館, 2000-03., ISSN 09187359
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I002269401-00  (当館請求記号:Z/A706/ナ)
【資料6】美術研究所 編 , 美術研究所. 日本美術年鑑 昭和11年. 国書刊行会, 1996.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002546769-00  (当館資料コード:1107137352)
【資料7】美術研究所 編 , 美術研究所. 日本美術年鑑 昭和15年. 国書刊行会, 1996.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002546773-00  (当館資料コード:1107137399)
【資料8】美術研究所 編 , 美術研究所. 日本美術年鑑 昭和16年. 国書刊行会, 1996.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002546774-00  (当館資料コード:1107137405)
【資料9】東京文化財研究所美術部 編 , 東京文化財研究所 (2001年). 昭和期美術展覧会出品目録 戦前篇. 中央公論美術出版, 2006.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008210611-00 , ISBN 4805505230 (資料コード:1109158235)
【資料10】名古屋新聞マイクロフィルム(名古屋市鶴舞中央図書館では縮刷版を所蔵)
【資料11】愛知県史編さん委員会 編 , 愛知県. 愛知県史 通史編 8 (近代 3). 愛知県, 2019.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I088567089-00  (当館資料コード:1111633099)
キーワード
(Keywords)
名古屋市美術展覧会
名古屋市民美術展覧会
東海芸術協会
美術団体(戦前)
美術展(戦前)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
【資料1】~【資料5】には、東海美術協会が昭和4(1929)年に解散したと書かれているが、解散の典拠史料は示されておらず、また、その後も少なくとも昭和16(1941)年までは東海美術展が開催され協会が存続していることが確認できる。
詳細はこちらの事例を参照。
愛知県図-02777「昭和戦前期、愛知県内に「東海美術展」という公募展があったようだが、その概要を知りたい。また同展の出品目録、図録はないか。」
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000080576
調査種別
(Type of search)
内容種別
(Type of subject)
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000080556解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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