グリム童話で、魔法にかけられた蛙の王子が、お姫様のキスで王子に戻るという話は見当たらない。
○グリムの各版について
『グリム童話を読む事典』(資料1)によると、グリム童話には、初版から七版までと、初版以前の「エーレンベルク稿」があり、現在出版されているグリム童話はほぼ七版を採用している。それぞれの版に収められている「蛙の王様」のタイトルと内容は以下の通り。
(1)エーレンベルク稿 25番「王女と魔法をかけられた王子」(資料2)
ストーリーは七版と同じだが、装飾的な文章が少ない。蛙は壁に投げつけられて、王子に戻る。
(2)初版1巻1番「かえるの王さま または鉄のハインリヒ」(資料3)
エーレンベルク稿より冒頭部分が付け加えられているが、ストーリーは同じ。蛙は壁に投げつけられて、王子に戻る。
(3)初版3巻13番「かえるの王子」(資料4、5)
1人の王様に3人の娘がいた。上の娘が庭の泉の水を汲むと濁っている。蛙が出てきて、お嫁になってくれるなら澄んだ水をあげると言うが、娘は断る。2番目の娘も断り、3番目の娘が承知するが、本気ではない。夜、3番目のお姫様が寝ていると、蛙がやってきてドアを開けてくれと頼む。お姫様は約束だからとベッドに入れてやる。3日間同じ事が起きて、3日目の夜が明けると蛙は美しい王子になっていた。
『一つよけいなおとぎ話』(資料6)には、「蛙の王さまあるいは鉄のハインリヒ」のエーレンベルク稿、初版、第二版、第三版の4テクストの異同について、詳しく述べられている。いずれのテクストも「壁にぶつける」ところは変わっていない。
○類話について
『世界昔話ハンドブック』(資料7)の「蛙の王様」の項には、この伝承はドイツのほか、北欧、東欧に分布し、蛙の代わりに、東欧では蛇、ざりがになどの求愛もある。ベヒシュタイン『メルヒェンの本』(1857年刊)第36話「オダと蛇」にも蛇が登場する。変身の手段には、壁に投げつけるほかに、娘がキスをする、蛙の頭を切るなどがあると記述あり。
また、『グリム昔話集1』(資料8)には、「a.蛙は娘の床に寝ることが許され、b.接吻したため、c.首を斬られたため、d.壁に叩きつけられたため、e.蛙の皮が焼かれた為に、魔法が解ける」とあり、「この昔話の分布はかなり広い」とある。
キスで魔法が解ける話としては、「なまけ者と働き者」(資料9)があり、娘がカラスにキスすると、若者になる。また、「少女と蛇」(資料10)で、少女が蛇にキスをすると王子に変わるといった話がある。
○日本での翻訳について
日本で翻訳されているグリム童話の「蛙の王様」について、40点余り調べたが、いずれも壁に叩きつけて魔法が解けている。例外は『かえるの王さま』(資料11)で、お姫様が蛙にあやまって、やさしく布団をかけると、金色の光がひらめいて、王子に戻る。
○その他
リンドグレーンの『やかまし村はいつもにぎやか』(資料12)には、主人公のリーサとアンナが魔法にかかった王子かもしれないと言って、蛙にキスする場面がある。スウェーデンでは、蛙にキスをするお話が広く伝わっているのかもしれない。北欧の昔話を探したが、上記の「少女と蛇」しか見つからない。
そのほか、蛙の出てくる話、グリム以外のドイツの昔話などを見たが、蛙の王子がキスによって、魔法が解けるという話は見つからない。