レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025/09/23
- 登録日時
- 2025/09/24 00:30
- 更新日時
- 2025/09/24 00:30
- 管理番号
- 0000003406
- 質問
-
解決
福井県庁は1923年に福井城址本丸跡地に移転していますが、1896年から1897年の北陸線開通に際し本丸への線路敷設を拒
否し妥協案として三ノ丸跡地に敷設したとの記録が残されています。なぜ1896年頃の鉄道敷設時には許容されなかった本丸跡
地利用が、1923年の福井県庁移転時には許容されたのでしょうか。
また、心情的な面ではなく権利的な面では、1919年に松平家から福井城址本丸跡地を県に無償譲渡したとの記録があり、こちら
による影響も考えられますが、なぜ松平家はわざわざ陸軍より買い戻した本丸城址を無償譲渡したのでしょうか。
- 回答
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1)なぜ1896年頃の鉄道敷設時には許容されなかった本丸跡地利用が、1923年の福井県庁移転時には許容されたのか。
小林健壽郎∥編著. 『越前松平試農場史』. 松平宗紀, 1993.11【H610/K4/1B】:p201;
に、「松平試農場のある福井城跡は、福井市の中央にあって広大な地区を占めていたので、市民の一部には市の繁栄策
として城内を市民に開放されることを望む声が起こってきた。時あたかも官立高等工業学校の新設運動が起こって、
その敷地として城跡を提供されたいとの声もあった。そのような情勢の中で、試農場が長く福井市の中心地に存続することは
難しくなってきていた。そして急転直下、松平康荘場主と湯地幸平知事との間で、大正8年城内開放の件が進捗し、
本丸を県庁移転敷地に、二ノ丸は県庁官舎、三ノ丸は一般住宅地として開放し、試農場は然るべき土地を他に求めて
移転することとなった」とあります。
松平試農場は、イギリスで勉学に励んだ松平康荘候が、帰国後農業実験場の必要を実感し、明治26年(1893)に
旧福井城址(本丸、二ノ丸、三ノ丸)に創設したもので、さらに伝習所も併設し、13期にわたり研修を行った140余名が各府県
の農業の発展や振興に寄与したと書かれています。
p21に明治35年の福井市地図が掲載されていますが、北陸線は、三ノ丸の南の堀を横切る形で敷設されており
三ノ丸跡地そのものに敷設されたわけではないようです。
2)なぜ松平家はわざわざ陸軍より買い戻した本丸城址を無償譲渡したのか。
同じく小林健壽郎∥編著. 『越前松平試農場史』. 松平宗紀, 1993.11【H610/K4/1B】:p203によると、
「坂井郡細呂木村山室(現あわら市)に松平試農場用地として同試験場存続中無料で貸付するものとす。」
とあり、契約書が記載されています。
この資料は、図書館を通じて貸出することもできますので、必要な際は、お近くの図書館にご相談ください。
- 回答プロセス
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国会図書館デジタルコレクションを利用しつつ、県史や市史、県議会史などにあたるも細かいいきさつの記述が確認できず。
旧福井城址が、松平試農場だったことがあるため、
『越前松平試農場史』. 松平宗紀, 1993.11【H610/K4/1B】:にあたる
- 事前調査事項
- NDC
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- 北陸地方 (214 9版)
- 農業 (610)
- 参考資料
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- 小林健壽郎∥編著. 越前松平試農場史. 松平宗紀, 1993.11【H610/K4/1B】:p201
- 福井県∥編. 若越小誌. 歴史図書社, 1973.6【H201/H/5C】:p456
- 福井市∥編. 稿本福井市史 上巻. 歴史図書社, 1973.1【H221/H/1-1-2B】:
- 福井市∥編. 稿本福井市史 下巻. 歴史図書社, 1973.1【H221/H/1-2-2B】:
- 福井県議会史編さん委員会∥編. 福井県議会史 第1巻. 福井県議会事務局, 1971.3【H314/H3/5-1A】:
- 福井県∥編. 福井県史 第3冊第3編. 福井県史復刻刊行会, 1970.4【H201/H/1-3-2A】:
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000374462