レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2024/02/08
- 登録日時
- 2024/12/27 00:30
- 更新日時
- 2024/12/27 11:36
- 管理番号
- 北方 24-0021
- 質問
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解決
道内で公営住宅が始まったきっかけを知りたい。道、市町村を問わず、いくつか事例が分かる資料がほしい。
(夕張市などの産炭地では、炭鉱住宅を自治体が買い上げて公営住宅とするようなことが考えられるがどうか)
- 回答
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『新北海道史』や、道内主要市及び、質問者が推察していた夕張市の市史(札幌市、旭川市、函館市、小樽市)、並びに、北海道の住宅史に関する資料に当たり、関連する記述が見られたものを紹介した。
現在、法律での区分上の「公営住宅」は、昭和26年7月に公布された公営住宅法に基づき整備されたものを指すと思われる。この法律は、終戦後の引き揚げや復員で深刻化した住宅不足に対応するために制定されたものとのこと。(『新北海道史』(回答資料1))
ただ、戦前から住宅不足は大きな問題として捉えられており、
公営住宅法公布以前から自治体による住宅提供は行われていたようである。
例えば大正期、区政時代の札幌区、函館区、旭川区、小樽市では、区・市営住宅の建築、提供が行われていた旨の記述が各市史に見られる。
(『新札幌市史』(回答資料2~4)、『旭川市史』(回答資料5)、『函館市史』(回答資料6)、『小樽市史』(回答資料7))
なお、夕張での市営住宅については、『夕張市史 追補編』(回答資料8)に、昭和50年代後半以後、閉山による人口流出を防ぐために市が炭鉱住宅を譲り受け改築したり、新たに住宅を建設するなどして、市営住宅を用意していたことが記されている。
また、公営住宅のはじまりそのものを取り上げた記述は見られないが、北海道の住宅史については、『北海道住宅史話』(回答資料9)が詳しい。
以下、各資料の要約
・引用
『新北海道史 通説5』第1章第5節3「住宅事情の悪化」(回答資料1)
・終戦直後、引揚者や復員者の受け入れによって、都市・農村を問わず、北海道の住宅不足が深刻なものになった
・昭和23年4月末の不足住宅は15万戸ちかくにのぼった
・住宅難の主要なる対象は、建設住宅、炭鉱住宅、入植住宅の対象とならない一般勤労庶民
・国は昭和23年度から国庫補助による庶民住宅の建設をおこない、25年度以降には住宅金融公庫法、賃貸住宅融資、公営住宅法等を整備
・昭和26年7月公営住宅法公布。住宅に困窮する定額所得者にたいして低廉な家賃で提供するのがねらい
・終戦~昭和28年度までに建設された道内の住宅戸数は、約24万6000戸にのぼるが、このうち国または地方公共団体によって建設された計画住宅は約8万2000戸にすぎず、残りの約16万4000戸は民間の自己資金のみによって建設された
『新札幌市史 通史三』第7編第7章2「社会事業の公共化 住宅組合」(回答資料2)
・「世界大戦による資本主義経済の高度化にともなう影響は、従来から地代・借家賃の高い札幌の場合、急激な人口増から住宅の払底、借家賃の高騰に拍車をかけた。このため、大正八年札幌区では、区営住宅建設計画を立て、九年十月南一六条西五、六丁目に九二戸を建て、俸給生活者に月額八円五〇銭から一一円で賃貸した」(p.566)
『新札幌市史 通史四』第8編第8章2「日常の市民生活 住宅の問題」(回答資料3)
・大正8年に建築された区営住宅は、市制後も市営住宅として引き継がれた。昭和3年4月2日の市会で市営住宅46戸の売却が決定され、借主に払い下げられた。(p.727)
『新札幌市史 通史五(上)』第9編第3章3「市街地の拡大と整備市街地の拡大」(回答資料4)
・「敗戦後も札幌市の人口増は続いた。そのため札幌市では住宅難が続いた。そこで市では昭和二十三年(一九四八)から北二四~五条西二~四丁目に市営住宅を建設しはじめた」(p.216)
『旭川市史 通史三』第6編第4章第1節1「市街地の再編 住宅不足と区営住宅」(回答資料5)
・住宅問題が深刻に。区は大正9年調査で約600戸の不足と推定し、大正10年に区営住宅70戸を建築(p.1249)
『旭川市史 通史四』第7編第8章第1節1「生活の様相 市民の住まい」(参考資料1)
・「区制期に引き続き旭川市は、低家賃の市営住宅を建設してその緩和を図り、大正十二年には一一六戸に及んだ。しかしながら市はそのうちの六一棟・一一〇戸を、昭和二年九月に道庁長官の許可を得て処分するに至った」(p.752)
『函館市史 都市・住文化編』第1章第2節「函館の近代都市空間形成の素描」(回答資料6)
・「函館区においても内務省の施策をうけて、大正9年度においてはじめての区営住宅(1棟6戸を9棟、1棟4戸を1棟)を新川町に建設している」(p.78)
・「まとまった新規の住宅建設に対しては、低利の資金貸付により、住宅組合方式によるものが1921(大正10)年の「函館住宅組合」よりスタートしている」(同)
・共愛会の住宅事業:中産階級尾を対象とした普通住宅を人見町に、低所得者を対象とした簡易住宅を高盛町に建設(同)
『小樽市史 第4巻』第11章第5編第11章第3節「住宅 戦前の組合住宅並に市営住宅」(回答資料7)
・「大正末期第一次大戦後の住宅難が社会問題として注目される様になつて、大正十年十月住宅組合法が公布され、此れに基いて大正十三年から昭和四年にかけて小樽市に於ても主に勤人の団体が左のような組合を組織し、此れが検査、貸付及び出資金の回収等の事務を市が取り扱つた。(中略)一方、小樽市では市営住宅の建設を計画して大正九年から十一年までに、入舟地区、緑町地区に左の様な建築を見た。」(p.677)
『夕張市史 追補編』第4編第1章5「公営住宅」(回答資料8)
・昭和50年代後半以降、相次いで炭鉱が閉山していった。市は北炭から住宅を譲り受けつつ、公営住宅建設に着手した。(p.223~225)
『北海道住宅史話 下』(回答資料9)
・大正頃 職工住宅、(p.85)
・北炭夕張鉱の鉱員住宅(p.103)
・昭和21年12月末 炭住計(p.112)
・昭和16年4月 北海道住宅株式会社:民間会社だが、住宅公団の代わりに住宅を提供。北海道開発株式会社の子会社。(p.143)
・札幌、室蘭、旭川、砂川などに「職工向け」を主体とする住宅を建設したことが知られている。札幌市内では、現在の北海道神宮の二の鳥居付近の団地のほか2団地を建設した。
- 回答プロセス
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(参考資料)
1 新旭川市史 第4巻 通史 旭川市史編集会議∥編集 [旭川市] 2009.3 214.21/SH/4
2 道都大学紀要 通巻21号 道都大学紀要編集委員会∥編 道都大学紀要編集委員会 1998.3.31 Z302 「北海道における公営住宅の変遷 その1」
- 事前調査事項
- NDC
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- 住宅建築 (527 7版)
- 北海道地方 (211)
- 参考資料
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1 新北海道史 第6巻 通説 北海道∥編 北海道 1977.3 210.1/HO/6
2 新札幌市史 第3巻 通史 札幌市教育委員会∥編集 札幌市 1994 215.61/SA/3
3 新札幌市史 第4巻 通史 札幌市教育委員会∥編集 札幌市 1997 215.61/SA/4
4 新札幌市史 第5巻[上] 通史 札幌市教育委員会∥編集 北海道新聞社 2002.6 215.61/SA/5-1
5 新旭川市史 第3巻 通史 旭川市史編集会議∥編集 [旭川市] 2006.3 214.21
6 函館市史 都市・住文化編 函館市史編さん室∥編集 函館市 1995 218.6/HA/イ
7 小樽市史 第4巻 小樽市 1966 217.22/O/4-イ
8 夕張市史 追補 夕張市史編さん室∥編 夕張市 1991.3 215.29/Y/イ
9 北海道住宅史話 下 遠藤 明久∥著 住まいの図書館出版局 1994.6 527/HO/2
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1 新北海道史 第6巻 通説 北海道∥編 北海道 1977.3 210.1/HO/6
- キーワード
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- 公営住宅
- 区営住宅
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事項調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000361157