レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 登録日時
- 2025/11/11 13:40
- 更新日時
- 2025/12/16 13:07
- 管理番号
- 2025-11.2
- 質問
-
解決
豊臣秀吉は朝鮮出兵に向け唐津に名護屋城を築城し、秀吉が通った道は「太閤道」と呼ばれている。その「太閤道」について詳しく知りたい。
- 回答
-
①『日本歴史地名大系 41 福岡県の地名』(平凡社 2004年)
p.72 「唐津街道」の項に、「豊臣秀吉の九州平定の帰路や朝鮮出兵に伴う名護屋城への往復に利用された太閤道は唐津街道と重なる部分が多い」との記述があります。
②『街道の日本史 48 博多・福岡と西海道』(吉川弘文館 2004年)
p.26~31 「(2)唐津街道」の中で、太閤道の道筋についての説明がありました。
③『日本近世交通史の研究』(丸山 雍成/著 吉川弘文館 1989年)
p.118~122 「1 唐津街道」の中で、太閤道の成立過程についての説明がありました。
④『糸島の伝説 改訂版』(糸島郡観光協会/編 西日本新聞社 1978年)
p.9~11 「太閤さまのお通り」では、糸島に通っている太閤道についての伝説が載っていました。
⑤『二丈町誌 平成版』(二丈町誌編纂委員会/編纂 二丈町 2005年)
p.279~281 「(一) 太閤道」の中で、太閤道について成立や糸島においての道のりの説明などの記述がありました。
⑥『早良郡志』(福岡県早良郡役所/編 名著出版 1973年)
p.123 「第三節 史蹟」に「太閤塚と太閤道」という項目があります。原村について記述されているところなので、早良区近辺の道についての記載でした。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 日本 (291)
- 交通史.事情 (682)
- 参考資料
-
-
日本歴史地名大系 第41巻 (福岡県の地名). 平凡社, 2004.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007550536 , ISBN 4-582-49041-7 -
丸山雍成, 長洋一 編. 博多・福岡と西海道. 吉川弘文館, 2004. (街道の日本史 ; 48)
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004351609 , ISBN 4-642-06248-3 -
丸山雍成 著. 日本近世交通史の研究. 吉川弘文館, 1989.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001970375 , ISBN 4-642-03292-4 -
糸島郡観光協会/編. 糸島の伝説 改訂版. 西日本新聞社, 1978.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I16111008912006666 -
二丈町誌編纂委員会 編纂. 二丈町誌 : 平成版. 二丈町, 2005.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008013107 -
福岡県早良郡役所編. 早良郡志. [福岡県早良郡役所], 1923.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000136-I1971430859795798733
-
日本歴史地名大系 第41巻 (福岡県の地名). 平凡社, 2004.
- キーワード
-
- 太閤道
- 街道
- 豊臣秀吉
- 博多
- 唐津
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000376480