調査に先立ち、質問にある資料を確認しました。
・『80年史』(栃木県立宇都宮女子高等学校「80年史」編集委員会/編 栃木県立宇都宮女子高等学校 1956)
p.64「9.明治女学生生活あれこれ 墨で書いた楽譜」の項に、「下野旅行唱歌というのがある」とあり、歌詞のみ掲載されています。
上記資料の記載をもとに調査を行いました。
「下野旅行唱歌」について、作成に携わった人物は分かりましたが、事前調査以上の歌詞や楽譜等新たな記述は確認できませんでした。下記の資料にて、作詩者について記述を確認しましたのでご紹介します。
■「下野旅行唱歌」
・『栃木県教育史 上巻・通史編』新版(栃木県教育史編さん委員会/編 栃木県連合教育会 1990)
p.379-380「第七章 昭和前期の教育 第一節 戦時教育体制への道 二 郷土教育の展開」に「郷土読本」の項があります。明治三十三年に発表された「地理教育鉄道唱歌・第一集」にならって、本県師範学校の菅谷徳次郎・寺門金彦が明治三十七年に下野旅行唱歌を作詞したとあります。
上記の記述から、菅谷徳次郎と寺門金彦について下記の資料を確認しましたが、下野旅行唱歌に関する記述は見つかりませんでした。
・『教育に光をかかげた人びと 第1集』(栃木県連合教育会文化部/編 栃木県連合教育会 1965)
p.65-89「おしえの道を薫化にもとめて 菅谷徳次郎先生の映像」の項があり、作詞した校歌についてや略歴が確認できます。
・『ふるさと茂木の人物誌』(ふるさと茂木の人物誌編集委員会/編 茂木町 1993)
p.70-71「寺門金彦」の項があり、大正九年の真岡線開通式に「町のうた」を作詞したとあります。
また、調査の過程で「下野旅行唱歌」とは別に、大正4年に「栃木県旅行唱歌」が作られたことが分かりました。
このことについて、記述が確認できた資料を参考までにご紹介します。
■「栃木県旅行唱歌」
・『郷土かるたと郷土唱歌 その社会科教育論的考察』(山口幸男,原口美貴子/著 近代文芸社 1995)
p.154-155「第二章 郷土唱歌の研究 3 関東甲信越地方の郷土唱歌」に「(8)栃木県の郷土唱歌」の項があります。大正四年七月に田代善吉作詞、荒木栄次郎作曲の「栃木県旅行唱歌」が歌詞の一部とともに紹介されています。
・『明治期郷土唱歌 地理教育的・総合学習的考察』(山口幸男/著 学芸図書 2003)
p.126 「IV 全国各地の明治期郷土唱歌 2 関東地方の明治期郷土唱歌」に「(4)栃木県」の項があります。歌詞の掲載はなく、紹介の内容は前述の資料『郷土かるたと郷土唱歌 その社会科教育論的考察』とほぼ同じです。
・『明治期の郷土唱歌 群馬・千葉・埼玉・栃木各県の場合』(山口幸男/著 1994)
※群馬大学社会科教育論集第3号p.1-11を別刷にした資料です。
p.8-10「5 埼玉県,栃木県の郷土唱歌」の項があり、1から24までの歌詞が確認できます。
・『しもつけの唄』(下野新聞社/編、発行 1980)
p.258-260「新民謡・その他 栃木県旅行唱歌」の項があります。全国的に流行した鉄道唱歌をヒントにわかりやすい文章で各市町村を紹介しており、歌詞は全部で五十五番まであると記述があります。
・『下野史談 第27号~第32号』(田代博/編 下野史談会 1975)
※第27号から第32号を合冊した資料です。
第31号(1977年2月発行)のp.4-15に「栃木県旅行唱歌」(田代博)の項があります。1から55までの歌詞と楽譜が確認できます。
・『下野史談 第21号~第26号 』(下野史談会 1973)
※昭和48年9月、10月、昭和49年2月、9月、昭和50年2月、6月発行を合冊した資料です。
昭和49年9月発行のp.21に「栃木縣旅行唱歌」(田代善吉/作歌)の項があり、歌詞の一部と解説があります。