レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025年12月19日
- 登録日時
- 2026/04/03 11:15
- 更新日時
- 2026/04/07 14:05
- 管理番号
- 000011261
- 質問
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解決
昭和14年(1939年)2月13日に、済生会下関診療所(病院)が市内上田中町に移転開院したことを、当時の新聞記事等で確認してほしい。
- 回答
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済生会山口下関病院は、「防長新聞」及び「関門日日新聞」によると、昭和14年2月15日に落成式を行い、18日から診療を開始したとある。
なお、所在地については、記事によって「田中町」「上田中町」「大字関後地村字中島」と記載されている。また、この場所には、もともと「ひとのみち(道)教会」の施設があった模様。
資料1「防長新聞」縮刷版により昭和14年2月分について確認したところ、下関病院については以下の記事があり、2月15日に落成式があり、18日に開院したこと、また所在地は「大字関後地村字中島」または田中町であることなどが記載されている。
昭和14年2月15日付け2面「済生会県下関病院/下関花柳病診療所落成/済生院は十八日開業/医療設備充実」p294
※「下関市大字関後地村字中島に建設中」であった「恩賜財団済世会山口下関病院」が、15日に落成式を挙行
※なお、この記事に続いて、「開所式」の見出しと、「下関花柳病診療所」の開所式が13日に下関署で行われた旨の記事がある。同紙昭和14年2月2日付け1面「下関診療所/竣工/検査終わる」(p245)によると、県立下関花柳病診療所が竣工し、その落成式は2月13日とあるので、済生会下関病院と下関花柳病診療所は別の施設と思われる。
昭和14年2月18日付け2面「済生病院/連絡道路拡張」p306
※18日開院すること、「田〓町(引用者注:田中町と思われる。)」から病院までの道路を拡張工事することの記事
昭和14年2月18日付け3面「済生会病院/開業医と座談」p307
※18日から開院とある。所在地なし。
資料2「関門日日新聞」縮刷版により昭和14年2月分について確認したところ、下関病院については以下の記事があり、15日に落成式(開院式)があり、18日から診療開始されたことや、「田中町」の「ひとのみち(道)」教会の建物を改装して新設されたことがわかる。建物の写真はない。
昭和14年2月3日付け4面「済世会下関病院/十五日開院式を行ふ/十八日から診療開始」p28
※「下関市田中町元ひとのみち教会跡に建設された」とある。
昭和14年2月10日付け4面「済世会病院落成式/予定通りに十五日挙行」p108
※「下関市田中町」に建設されたとある。
昭和14年2月14日付け4面「カード階級の無料診療に応ず/十八日から開院する/済世会の下関病院」p144
※「下関市田中町元ひとの道教会を改装新設」とある。
昭和14年2月16日付け4面「関西一を誇る/画期的救療施設/済世会下関病院開院式挙行/十八日から診療を開始」
※「下関市田中町元ひとの道教会内を改装新設」とある。式典の写真があるが、建物は写っていない。
なお、“国立国会図書館デジタルコレクション”収録の雑誌「済生」の一連の記事によると、元々、ひとのみち教会跡に建設予定であったが、同地を安田清一が購入して公会堂用に開放することとなり、済生会が市や安田と折衝して、最終的に同地を市から寄付される形となった模様。
「済生」15(2)(1938.2)
下関病院予定地を「下関市上田中町の元ひとのみち教会跡」としていたが、豪商安田清一が買収して公会堂用として開放することになった。病院敷地として譲ってもらうよう、安田氏と交渉中、とある。
『済生 : The newsletter of Social Welfare Organization Saiseikai Imperial Gift Foundation, Inc』15(2),恩賜財団済生会,1938-02. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2702255/1/20 (参照 2025-12-20) 図書館・個人送信限定資料
「済生」15(4)(1938.4)
下関病院の土地・建物については市当局と折衝してだいたい解決した、とある。
『済生 : The newsletter of Social Welfare Organization Saiseikai Imperial Gift Foundation, Inc』15(4),恩賜財団済生会,1938-04. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2702257/1/13? (参照 2025-12-20) 図書館・個人送信限定資料
「済生」15(8)(1938.8)
下関病院は「下関市田中町の中央公会堂を改築し開設」することになった、とある。
『済生 : The newsletter of Social Welfare Organization Saiseikai Imperial Gift Foundation, Inc』15(8),恩賜財団済生会,1938-08. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2702261/1/22 (参照 2025-12-20) 図書館・個人送信限定資料
「済生」15(10) (1938.10)
下関病院は「下関市中央会館」を改造して開設するが、工事着工した、とある。
『済生 : The newsletter of Social Welfare Organization Saiseikai Imperial Gift Foundation, Inc』15(10),恩賜財団済生会,1938-10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2702263/1/10 (参照 2025-12-20) 図書館・個人送信限定資料
「済生」16(2) (1939.2)
下関病院の改築工事終了、「去月十四日(引用者注:1月と思われる。)」から医療器具の搬入を開始、2月14日までに設備設置を完了し、15日に開院式兼落成式を挙行予定、とある。
『済生 : The newsletter of Social Welfare Organization Saiseikai Imperial Gift Foundation, Inc』16(2),恩賜財団済生会,1939-02. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2702267/1/24 (参照 2025-12-20) 図書館・個人送信限定資料
「済生」16(2) (1939.2)
2月15日の落成式挙行の記事。後半に病院開設の経緯がまとめられている。大正13年(1924年)3月16日に下関診療所(長崎町)を設置、昭和13年10月に下関市より同市中央会館の建物・敷地寄附の内諾を得る、10月14日工事開始、昭和14年1月20日工事終了などとある。
『済生 : The newsletter of Social Welfare Organization Saiseikai Imperial Gift Foundation, Inc』16(3),恩賜財団済生会,1939-03. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2702268/1/28 (参照 2025-12-20) 図書館・個人送信限定資料
また、同じく“国会図書館デジタルコレクション”収録の『恩賜財団済生会五十年誌』p1025にも下関病院建設の経緯が記載されており、昭和13年10月、「上田中町一二八〇の市の中央会館」を市から寄付され、翌年2月15日に落成式を挙行したとある。
『恩賜財団済生会五十年誌』,済生会,1964. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2518735/1/563 (参照 2025-12-20) 図書館・個人送信限定資料
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 中国地方 (217)
- 医学 (490)
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 当時の資料では、「済生会」「済世会」の表記が混在している。また、ひとのみち教団(のちのPL教団)は、昭和12年に不敬罪により解散している。
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000382784