レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2011年10月12日
- 登録日時
- 2011/11/03 17:32
- 更新日時
- 2011/11/03 17:32
- 管理番号
- 9000007709
- 質問
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解決
与謝野鉄幹・晶子が昇仙峡を訪れたときに詠んだ歌が掲載されている資料があるか。
- 回答
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与謝野鉄幹(寛)の歌は『鉄幹晶子全集』』第31巻 与謝野寛遺稿歌集(与謝野寛著 勉誠出版 2010年)等に、晶子の歌は『定本與謝野晶子全集』第7卷 歌集(与謝野晶子著 講談社 1981年)等に収載されている。詳細については照会資料をご覧ください。
- 回答プロセス
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1.山梨県立文学館の図録を調査。
・『与謝野晶子と「明星」』(山梨県立文学館編集・発行 1992年)→67-71に「Ⅲ晶子日常:咲耶姫居ます山より山梨と与謝野夫妻」の項がある。これによると与謝野夫妻は昭和8(1933)年に甲州の友人中込旻の勧めで、勝沼・昇仙峡・増穂を訪ねた。p68-69に昇仙峡を詠んだ歌の短冊や色紙、写真がある。この旅についての解説はp71「山梨と与謝野寛・晶子夫妻」(白倉一由著)。
2.自館システムで書名「昇仙峡」を検索し、文学関係資料を確認。
・『昇仙峡に魅せられた人たち(甲府文芸講座マガジン)』(甲府市教育委員会 2006年)を見ると、p11-12に「歌に詠まれた渓谷美」(三枝浩樹講演)があり、晶子が昇仙峡で詠んだ31首のうち10首を紹介している。
・『詩歌の昇仙峡』(篠原良雄編 創生館 1933年)→1933年8月発行で、与謝野夫妻の昇仙峡訪問より以前の出版。
3.『定本與謝野晶子全集』第7卷 歌集(与謝野晶子著 講談社 1981年)→「いぬあぢさゐ」のp52-59に「(以下甲斐にて)」として和歌の掲載があり(初出は雑誌「冬柏」(昭和8年11月)でその後「峡中抄」に収録)、その中に晶子が昇仙峡で詠んだと思われる歌がある。
4.『鉄幹晶子全集』』第31巻 与謝野寛遺稿歌集(与謝野寛著 勉誠出版 2010年)→「峡中抄」p110に「(以下昇仙峡にて)」として鉄幹が昇仙峡で詠んだ42首の和歌の掲載がある(初出は雑誌「冬柏」(昭和8年11月)でその後「峡中抄」に収録)。
- 事前調査事項
- NDC
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- 詩歌 (911 9版)
- 日本 (291 9版)
- 参考資料
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- 『与謝野晶子と「明星」』(山梨県立文学館編集・発行 1992年) (p67-71)
- 『昇仙峡に魅せられた人たち(甲府文芸講座マガジン)』(甲府市教育委員会 2006年) (p11-12)
- 『定本與謝野晶子全集』第7卷 歌集(与謝野晶子著 講談社 1981年) (p53-56)
- 『鉄幹晶子全集』』第31巻 与謝野寛遺稿歌集(与謝野寛著 勉誠出版 2010年) (p110-115)
- キーワード
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- 与謝野晶子
- 与謝野鉄幹
- 短歌
- 昇仙峡
- 「峡中抄」
- 甲府市
- 山梨県
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 与謝野鉄幹(寛)・晶子夫妻は、昭和8(1933)年に甲州の友人中込旻の勧めで、勝沼・昇仙峡・増穂を訪ねた。10月21日に勝沼から昇仙峡に入り、自在亭に1泊。22日に歌を作り10時に下山した。この時晶子は56歳。甲斐に来て63首の歌を作り、昇仙峡では31首の歌を詠んでいる。
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土(文学)
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000096166