レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025年5月8日
- 登録日時
- 2025/05/24 16:52
- 更新日時
- 2025/12/11 22:26
- 管理番号
- 県立長野-25-041
- 質問
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未解決
「雪」を善光寺で食べたと、幕末の長州藩士・久坂玄瑞が文久元年(1861年)5月12日の日記に書いている。この「雪」とは何か。
- 回答
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「雪」と呼ばれる食べ物について、確認することができなかった。
野村惠智雄著「信州の氷室」『長野』第176号 1994.7 p.35-45に、江戸時代に藩主に献上するための氷を保存していた3か所の氷室(小諸市川辺、長野市松代町、東筑摩郡本城村(現・筑北村))についての記載があった。毎年、氷朔日(こおりのついたち)の六月一日(旧暦)に藩主に献上されていたとある。
小林一茶の俳句「八文で家内が祝ふ氷かな」(『七番日記』文化12年)を例に挙げ、江戸時代、信州でも庶民が、夏氷を口にすることができたとしている。ただし、一茶が口にしたであろう氷がどこの氷室に貯蔵されていたものかはわからない。「三文の雪で家内の祝ひ哉」という句も挙げられている。氷や雪の量は具体的に読まれていないため不明だが、これら記述からは、「朔日氷」の献上以降に氷を口にしている。6月1日以前に久坂玄瑞は「雪」を食べているが、日常的に氷室から雪や氷を出して提供する店などについては確認できなかった。なお、ここで紹介されている川柳では砂糖入りの冷水が一杯4文であった。さらに鈴木牧之の『北越雪譜』を紹介している。
『北越雪譜』鈴木牧之著中央公論社 1983【918.6/255/1】には、山東京山が鈴木牧之を訪ねて北越へ旅をする途中、三国街道・湯沢宿(新潟県南魚沼市)への途中の茶店で削氷を食べたと話す記述が、p.170-176にある。牧之の家がある塩沢では、掌ほどの氷を「三銭に売る」とある。[国立国会図書館デジタルコレクション 送信サービスで閲覧可 最終確認2025.5.24]また、『日本国語大辞典 第13巻』第2版 小学館 2002【813.1/シヨ/13】p.378 「雪」に、「(漢字の旁(つくり)から)鱈(たら)をいう」とある。女房詞としているが、江戸期にどう使われていたのかは、ここからはわからない。
長野県で生魚の鱈は、輸送時間の関係で難しく、塩漬け、或いは棒鱈といった干物が運ばれてきたようで、『信州の郷土食』長野県下商工会婦人部ほか編 銀河書房 1985【N596/35】p.208、417に、現代の食べ方の記述が中心だが、タラの記述があり、棒鱈(ぼうだら)は保存食として重宝されたとある。なお、久坂玄瑞のほかに、長州藩報国隊のうち会津若松城攻撃に参戦した盤石隊の記録が『長府藩報国隊史』徳見光三著 長門地方史料研究所 1966[国立国会図書館デジタルコレクション送信サービスで閲覧可 最終確認2025.5.24]に所収されており、p.211-212に、慶応4年(1868年)6月5日に新潟の直江津に入港し、「この夜はじめて雪を喰べる。」という文章が見られた。久坂玄瑞と同じ「雪」を指しているかは不明。
- 回答プロセス
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1 『久坂玄瑞全集』福本義亮編 マツノ書店 を所蔵していないため、国立国会図書館デジタルコレクションで検索し、当該箇所を確認する。p.350に、「是日善光寺にて雪を食ふ」とあり、前日に松代の佐久間象山を訪ねていることがわかる。日記には天気も書かれており、前後の日は晴れていたことがわかった。[送信サービスで閲覧可 最終確認2025.5.24]
2 『日本暦日原典』内田正男編著 雄山閣出版 1992【449.81/ウマ】で、太陽暦での日付を調べる。6月にあたり、通常雪は降らない時期であることを確かめる。
3 郷土分類N289(個人伝記)の書棚で、佐久間象山の伝記中に記載がないか調べる。
4 郷土分類N596(長野県の料理)の書棚で「ゆき」と発音する可能性のある料理名を調べる。
5 郷土分類N383(長野県の民俗)の書棚で「ゆき」という食べ物を探す。
6 善光寺周辺で食していることから、『長野市誌 第10巻 民俗編』、『長野県史 民俗編 第4巻(1) 北信地方 日々の生活』のほか、善光寺門前の地域の史誌類を調べる。
7 「雪」が何か別の食物の符牒である可能性から『日本国語大辞典 第13巻』などを見る。女房詞ではあるが、「鱈」を指す場合があるとわかる。
8 4と5で調べたものから、鱈に関するものを探す。鱈は北方の漁場でとれるものであり、冬季に漁があっても、生魚として入荷することはなく、江戸期では塩漬けあるいは干物(水につけて戻して食すほど乾いたもの)として、運ばれてきたことがわかる。
9 国立国会図書館デジタルコレクションで「雪を食べる」「雪を食う」「雪を喰う」などをキーワードに夏期の記述を探す。『長府藩報国隊史』の記述などがヒットする。
10 本当に「雪」を食べたとすれば、氷室などに保存されたものか、高山から切り出したものになるので、当館蔵書のうち郷土史雑誌を対象にキーワード「氷室」で検索する。「信州の氷室」がヒットする。文中に例示された資料を確認する。<調査資料>
・『評伝 佐久間象山 上』松本健一著 中央公論新社 2000【N289/サクマ/78-1】
・『評伝 佐久間象山 下』松本健一著 中央公論新社 2000【N289/サクマ/78-2】
・『久坂玄瑞』一坂太郎著 ミネルヴァ書房 2019【289.1/クゲ】
・『信濃の食文化』今村龍夫著 共立プラニング 1986【N383/9】
・『聞き書 長野の食事』「日本の食生活全集長野」編集委員会編 農山漁村文化協会 1986(日本の食生活全集20)【N596/37】
・『食-とる・つくる・たべる』長野県立歴史館編・刊 2001(信濃の風土と歴史7)【N209/34/7】
・『長野市誌 第10巻 民俗編』長野市誌編さん委員会編 長野市 1998【N212/318/10】
・『長野県史 民俗編 第4巻(1) 北信地方 日々の生活』長野県編 長野県史刊行会1984【N209/11-3/4-1】
p.614に昭和期の記録で、北海道や新潟産の干だらを食べていたことが書かれている。
・『長野県史 民俗編 第5巻 総説II』長野県編 長野県史刊行会【N209/11-3/5-2】
p.112-118に「買う魚」の記述があるが、昭和期を中心とした記述となっている。
・『善光寺大門町温故知新物語』大門町編・刊 2015【N212/556】
・『今昔の長野』小林光井著・刊 1917【N212/56】
・『近世善光寺町史料抄』県立長野図書館編・刊 1955【N212/65】
・『古文書にみる善光寺町の歴史』郷土を知る会編・著 2003【N212/514】
・『善光寺門前町百年の歩み 長野市元善町誌』元善町誌編集委員会編 元善町 1980【N212/161】
・『「善行寺町」の民俗』長野市誌編さん委員会民俗部会編 長野市1995(長野市誌民俗調査報告書第3集)【N382/89】
・『江戸時代語辞典』穎原退蔵著 角川学芸出版 2008【813.6/エタ】
・『江戸語辞典』大久保忠国編 東京堂 1991【813.6/オタ】
・三上義雄著「大原幽学と信州 [上]」『信濃』第1次 第7巻第3号 1935.3
・らうゑん著「氷室の話」『信濃』第1次 第2巻第8号 1932.8
- 事前調査事項
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『久坂玄瑞全集』福本義亮編 マツノ書店 350p
- NDC
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- 衣食住の習俗 (383 10版)
- 食品.料理 (596 10版)
- 中部地方 (215 10版)
- 参考資料
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宮栄二 [ほか]編. 鈴木牧之全集 上巻 (著作篇). 中央公論社, 1983.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001677723 (【918.6/255/1】) -
日本国語大辞典第二版編集委員会, 小学館国語辞典編集部 編. 日本国語大辞典 第13巻 第2版. 小学館, 2002.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003061408 , ISBN 4-09-520950-X (【813.1/シヨ/13】) -
長野県商工会連合会婦人部, 長野県下商工会婦人部 編. 信州の郷土食 : "ふるさとの味"と食文化. 銀河書房, 1985.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001779552 (【N596/35】)
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宮栄二 [ほか]編. 鈴木牧之全集 上巻 (著作篇). 中央公論社, 1983.
- キーワード
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- 雪
- 鱈
- 削氷
- 朔日氷
- 献上氷
- 久坂玄瑞
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土 言葉
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000369781