レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2023年09月09日
- 登録日時
- 2024/01/02 15:01
- 更新日時
- 2024/01/11 21:17
- 管理番号
- 県立長野-23-144
- 質問
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解決
生野(しょうの)氏のルーツは長野県にあるのか。
- 回答
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次の資料を調査したが、長野県における生野氏のルーツについてわかるものは確認できなかった。
『角川日本姓氏歴史人物大辞典 20 長野県』 角川書店 1996【288.1/カド/20】に「生野氏」についての記載はない。個人として、生野臨犀(いくの りんさい)があるのみ。筑摩郡下生野村(現在の東筑摩郡生坂村)出身の江戸時代の人物。
『信州の苗字』笹部武安著 郷土出版社 1988【N283/12】p.64の「5世帯以上約10世帯はあると思われる苗字一覧」に、南信(長野県の南部)、東信(長野県の東部)地域にある苗字として記載があった。しかし、由来等の記述は確認できない。
なお、地名としての「生野」は、『角川日本地名大辞典 20 (長野県)』「角川日本地名大辞典」編纂委員会編 角川書店 1990 【291.03/カド/20】p.135の[いくの <明科町・生坂村>]に、戦国期に見える地名とあった。「ショウノ」や「セイノ」の音の地名は確認できない。
『長野県町村誌 第3卷中南信篇』p.3149に、生坂村が明治8年に下生野(しもいくの)村を含む4村の合併で発足と記述があり、同様に、p.3155に、東川手村の4村合併の際の1村に上生野(かみいくの)村があった。
- 回答プロセス
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1 『角川日本姓氏歴史人物大辞典 20 長野県』で「生野」氏を探す。記載はない。個人項目で、「生野臨犀(いくの りんさい)」があるのみ。東筑摩郡生坂村のゆかりとわかる。
2 『信州の苗字』で「生野」を調べる。由来等の記述はない。
3 地名としての「生野」を『角川日本地名大辞典 20 (長野県)』等で確認する。[いくの <明科町・生坂村>]に、戦国期に見える地名とあるが、「ショウノ」の音の地名は確認できなかった。
4 「『長野県町村誌』と明治初期の村絵図」[最終確認2024.1.2]の「明治初期から幕末の地名」で、「生野」を検索する。『長野県町村誌 第3卷中南信篇』に、明治8年に下生野(しもいくの)村を含む4村の合併で発足した生坂村と、p.3155に、4村合併で発足した東川手村の1村に上生野(かみいくの)村があった。
<調査資料>
・『長野県の名字』森岡浩著 しなのき書房 2008【N288/233】
・『長野県の地名』平凡社 1979(日本歴史地名大系20)【N290.3/54】
- 事前調査事項
- NDC
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- 系譜.家史.皇室 (288 10版)
- 日本 (291 10版)
- 中部地方 (215)
- 参考資料
- キーワード
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- 生野氏
- 姓氏
- ルーツ
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土 人物 地名
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000344237