レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2024年09月28日
- 登録日時
- 2024/09/28 11:45
- 更新日時
- 2026/04/04 14:57
- 管理番号
- 20240928-001
- 質問
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解決
①江戸時代、江戸幕府が蝦夷地の魚を塩蔵するために、塩蔵用塩として三田尻塩に決めたのはなぜか?蝦夷地で魚を塩蔵してどこに持って行ったのか?江戸に持って行って食卓に並んだ知りたい。
②塩の味の評価などを知りたい。
- 回答
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「郷土史 ふるさと中関そして防府」p51-52(3)中関の繁栄-長州の三関より、中関で塩を積み込込んで北海道の港に行き、北海道で塩鮭やこんぶを積み込んだと記述あり。1800年に蝦夷地の魚の塩蔵用として三田尻塩の買い付けが始まってからは、蝦夷の松前と北海道などで北前船による交易が盛んとなったと記述あり。
②「三田尻塩業の歴史」(防府史料47集)p45『塩俗問答集』に新潟県青海町ー松永、三田尻の塩を上塩といい良品でありと記述があるとされている。
- 回答プロセス
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詳しく調べられていたので資料検索で三田尻塩で検索し対応
- 事前調査事項
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「防府市史」北前船については調べた
- NDC
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- 中国地方 (217)
- 製塩.塩業 (669)
- 衣食住の習俗 (383)
- 参考資料
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- 「郷土史 ふるさと中関そして防府」 山田 一男/著者 中関の歴史を学ぶ会 (KH 217.7ヤ p51-52)
- 「日本塩業史」 日本専売公社 1958 (669ニ)
- 「防府市史 通史 Ⅱ」 防府市史編纂委員会/編 防府市 (KH 217.7ホ)
- 「江戸の食と暮らし」 洋泉社 2016.09 (383.8エ)
- 「江戸っ子が好んだ日々の和食」 中江 克己/著 第三文明社 2016.06 (383.8ナ)
- 「日本の食文化史」 石毛 直道/著 岩波書店 2015.11 (383.8イ)
- 「ニシンの歴史」 キャシー・ハント/著 原書房 2018.04 (664.6ハ)
- キーワード
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- 三田尻塩
- 江戸時代
- 塩蔵
- 蝦夷地
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 三田尻塩 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000355987