レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017年11月14日
- 登録日時
- 2017/11/14 19:22
- 更新日時
- 2021/05/25 19:39
- 管理番号
- 1380
- 質問
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解決
「十二指腸」は杉田玄白が『ターヘル・アナトミア』(『解体新書』)を翻訳したときの造語で、12インチを指12本分の長さと誤訳したらしい。これは事実か。
- 回答
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誤訳ではない。
玄白が訳した"Ontleedkundige Tafelen"(ヘラルト・ディクテン/訳)やその原書"Anatomische Tabellen"(ヨハン・アダム・クルムス/著)でも、十二指腸を「指12本分の長さ」と解説している。
「十二指腸」は古代ギリシャのヘロフィルスが命名した"dodekadaktylon"(指12本[分の幅])が語源である。
なお、実際の長さは指12本分よりやや長めの25~30cm。
- 回答プロセス
-
■「十二指腸は誤訳」という解説があるのかを調べる
図書館システムでキーワード「解体新書」+「杉田玄白」を検索。
『解体新書』を収録する『日本思想大系 65 洋学 下』(広瀬秀雄/[ほか]校注 岩波書店)が見つかった。
p.289「解体新書 巻の三 腸胃篇 第二十」に「十二指腸、その長さ十二指横径の如し」の一文と「十二指横径:指の幅を十二本合せた長さ」という注がある。
たしかに玄白は十二指腸を指12本分の長さと訳していたが、誤訳とは書かれていない。
その他
・『解体新書』(杉田玄白/[著] 東武書林)
・玄白の回想録である『蘭学事始』(杉田玄白/著 講談社)
・『杉田玄白』(片桐一男/著 吉川弘文館)など玄白の評伝
・『世界大百科事典 13 改訂新版 シユ-シヨエ』(平凡社)など百科事典の項目「解体新書」「十二指腸」「杉田玄白」
・『医学書院医学大辞典 第2版』(伊藤正男/総編集、井村裕夫/総編集、高久史麿/総編集 医学書院)など医学事典の項目「解体新書」「十二指腸」「杉田玄白」
にも誤訳とは書かれていない。
■十二指腸の長さが12インチなのかを調べる
・『医学書院医学大辞典 第2版』p.1261の項目「十二指腸」…「長さ12横指(25cm)」
・『世界大百科事典 13 改訂新版 シユ-シヨエ』p.126の項目「十二指腸」…「ヒトのそれが指を12本横に並べた長さがあるところからこの名があるが、実際はそれよりやや長く25~30cm」
・『丸善単位の辞典』(二村隆夫/監修 丸善)p.19…「1インチ=25.4mm」
12インチ=30.48cmとなり、十二指腸の長さ(25~30cm)に近い。
『ターヘル・アナトミア』で12インチと書かれていた可能性は否定できない。
■『解体新書』と『ターヘル・アナトミア』などを照合して誤訳なのかを調べる
『杉田玄白』p.90~96によれば、『解体新書』は
原書でドイツ語の"Anatomische Tabellen"(ヨハン・アダム・クルムス/著)
↓
オランダ語訳の"Ontleedkundige Tafelen"(ヘラルト・ディクテン/訳)
↓
『解体新書』(杉田玄白/訳)
の順番で翻訳されている。
Googleでキーワード「Ontleedkundige Tafelen」、「Anatomische Tabellen」を検索。
「慶應義塾大学メディアセンターデジタルコレクション」で両書の本文画像を公開していた。
・"Ontleedkundige Tafelen"(ヘラルト・ディクテン/訳)と『日本思想大系 65 洋学 下』を照合。
「十二指腸、その長さ十二指横径の如し」にあたる箇所はp.190(画像220)の
"Duodenum, de Twaalf-vingerigen- darm: zynde ontrent twaalf vingeren lang;"
にあたると思われる。
(https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/anatomia/dutch )
翻訳サイト「DeepL」(https://www.deepl.com/home ) と『講談社オランダ語辞典』(P.G.J.van Sterkenburg/監修、W.J.Boot/監修、日蘭学会/監修 講談社)で翻訳。
上記の文は「十二指腸(オランダ語でTwaalf-vingerigen- darm):12指ほどの長さ」
と読める。
・"Anatomische Tabellen"(ヨハン・アダム・クルムス/著)と『日本思想大系 65 洋学 下』を照合。
「十二指腸、その長さ十二指横径の如し」にあたる箇所はp.158(画像190)の
"Duodenum, der Zwölfffinger Darm: ist bey 12. quehr Finger lang/"
にあたると思われる。
(https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/anatomia/german )
翻訳サイト「DeepL」と『クラウン独和辞典 第5版』(濱川祥枝/監修、信岡資生/監修、新田春夫/編修主幹 三省堂)で翻訳を試みるが、"Zwölfffinger""quehr"の単語の意味が不明。
Googleで"Anatomische Tabellen"の書籍検索をしたところ、他の"Anatomische Tabellen"が見つかった。
"Anatomische Tabellen"(Johann Adam Kulmus,Bey Caspar Fritsch,1741)
(https://books.google.co.jp/books?id=stEGyQEACAAJ&printsec=frontcover&source=gbs_atb&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false )
その本のp.94では
"Duodenum, der Zwölffingerdarm: ist bey 12 quer Finger lang"
となっており、"Zwölfffinger"→"Zwölffinger"、 "quehr"→"quer"だった。
単語を置き換えて再度翻訳すると、
「十二指腸(ドイツ語でZwölffingerdarm):横指12本の長さ」
と読めた。
以上より、原書"Anatomische Tabellen"(ヨハン・アダム・クルムス/著)、そのオランダ語訳"Ontleedkundige Tafelen"(ヘラルト・ディクテン/訳)でも指12本分と解説しており、玄白の誤訳ではない。
2021.4.29追記
十二指腸という言葉の変遷は以下のとおり。
前4-3世紀
ギリシャのヘロフィルスが指12本分に等しい長さの器官をdodekadaktylon(指12本[分の幅])と命名。(出典1、7~9)
↓
11世紀
ペルシャのイブン・シーナー(アヴィセンナ)が『医学典範』("Canon Avicennae""Canon")第3巻にそれを記す。(出典4~7、10~13)
↓
12世紀
クレモナのジェラルドが『医学典範』をラテン語訳。
dodekadaktylonは(intestinum) duodenum digitorum (指12本分[の長さの][腸])と訳される。duodenumはジェラルドによる造語。(出典2~5、7~9)
↓
~現代
duodenumがそのまま十二指腸をあらわすようになる。日本では杉田玄白が「十二指腸」と翻訳。(出典2、3、7~9)
出典
1.『人体観の歴史』(坂井建雄/著 岩波書店)p.23
2.『ランダムハウス英和大辞典 第2版』(小学館ランダムハウス英和大辞典第2版編集委員会/編 小学館)p.824
3.『シップリー英語語源辞典』(ジョーゼフ・T.シップリー/著、梅田修/訳、眞方忠道/訳、穴吹章子/訳 大修館書店) p.512~513
4.『西洋医学史ハンドブック』(ディーター・ジェッター/著、山本俊一/訳 朝倉書店 )p.134~135
5.『アラビア科学の話』(矢島祐利/著 岩波書店)p.142
6.『医学の歴史 1』(シンガー/[著]、アンダーウッド/[著]、酒井シヅ/訳、深瀬泰旦/訳 朝倉書店)p.76
7."Onomatologia anatomica"(Hyrtl,Joseph:Wien,1880) p.192~193
(https://digi.ub.uni-heidelberg.de/diglit/hyrtl1880/0214/text_ocr )
(https://digi.ub.uni-heidelberg.de/diglit/hyrtl1880/0215/text_ocr )
8.Wikipedeia「十二指腸」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%BA%8C%E6%8C%87%E8%85%B8#:~:text=%E5%8D%81%E4%BA%8C%E6%8C%87%E8%85%B8%EF%BC%88%E3%81%98%E3%82%85%E3%81%86%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%A1%E3%82%87%E3%81%86%E3%80%81Duodenum,%E9%95%B7%E3%81%95%E3%81%AF%E7%B4%8425cm%E3%80%82 )
9.Online Etymology Dictionary"duodenum"
(https://www.etymonline.com/search?q=duodenum )
10.コトバンク「医学典範」
(https://kotobank.jp/word/%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E5%85%B8%E7%AF%84-201609 )
11.コトバンク「イブン・シーナー」
(https://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC-171680#E7.99.BE.E7.A7.91.E4.BA.8B.E5.85.B8.E3.83.9E.E3.82.A4.E3.83.9A.E3.83.87.E3.82.A3.E3.82.A2 )
12.個人HP「BHのアラビア研究入門アラビカ 『医学典範』」。1558年バーゼル版(中世ラテン語訳)の『医学典範』のリンク有。
(http://bh001.sakura.ne.jp/arabica01.html )
13."Avicennae"(Avicena,per Ioannes Heruagios, 1556)p.612
(https://books.google.fr/books?id=exbspAYrbHIC&printsec=frontcover&hl=fr&source=gbs_ge_summary_r&cad=0#v=onepage&q&f=false )
インターネットのリンク確認日:2021年5月12日
- 事前調査事項
- NDC
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- 基礎医学 (491 10版)
- その他のゲルマン諸語 (849 10版)
- 辞典 (843 10版)
- 参考資料
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- 日本思想大系 65 洋学 下
- 世界大百科事典 13 シユーシヨエ
- 医学書院医学大辞典 第2版
- 世界大百科事典 13 改訂新版 シユ-シヨエ
- 丸善単位の辞典
- 杉田玄白
- 講談社オランダ語辞典
- クラウン独和辞典 第5版
- キーワード
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- 解体新書
- 杉田 玄白
- ターヘル・アナトミア
- Ontleedkundige Tafelen
- Anatomische Tabellen
- ヨハン・アダム・クルムス
- ヘラルト・ディクテン
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 言葉
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000224650