レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025/11/20
- 登録日時
- 2026/03/28 00:30
- 更新日時
- 2026/03/28 16:42
- 提供館
- 宮城県図書館 (2110032)
- 管理番号
- MYG-REF-250015
- 質問
-
解決
新撰組隊士、久米部正親(後の猪野忠敬)が、明治32年の白石大火が原因で転出するまでの間、白石市内でどのような生活を送っていたのか知りたい。
- 回答
-
1 久米部正親(猪野忠敬)については、下記資料に掲載がありました。(【 】内は当館請求記号です)
資料1 新人物往来社編『共同研究新選組』新人物往来社, 1973【210.58/1973.4】
清水隆「久米部正親 ある新選組伍長の生き方」(pp.186-204)
上記のうち、「四人の養子」の項(pp.202-204)に、久米部正親(猪野忠敬)の宮城県在住時期に関する記述があります。
2 なお、下記の資料にも関連する記述がありましたので、参考までにご紹介しました。
資料2 猪野謙二「「八丈島共和国」への夢 一無名新選組隊士の人生」『茨城県史研究』(26), 1973【P213.1/イ】pp.45-52
- 回答プロセス
- 事前調査事項
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・質問者より、宮城県白石市本町の専念寺が作成・配布している冊子には、仙台市博物館に保管されている初代片倉小十郎景網公の肖像画は、明治時代になってから、新撰組隊士 久米部正親(後の猪野忠敬)が書画したものである旨の記載があったとのことだった。
※なお、仙台市博物館所蔵の「片倉景綱画像」については、下記に記載がある。
白石市教育委員会編『白石市文化財調査報告書 第47集』白石市教育委員会, 2013【K709.11/シ1/47】
p.176「片倉景綱画像 猪野謙山画 近代 仙台市博物館片倉家資料」
図中「従七位勲六等謙山猪野敬写」とあり。
・猪野謙二 著『日本文学の遠近 2』未来社, 1977年の中の「八丈島共和国への夢 一無名新撰組隊士の人生」に家族構成や詳細が掲載されているらしい。
※当館には所蔵がなく、内容を確認できなかった。
・皇居三の丸尚蔵館HPに以下のとおり掲載がある。
https://shozokan.nich.go.jp/collection/object/SZK001476-346 (最終検索日:2025/9/17)
猪野忠敬(肖像) 《明治十二年明治天皇御下命「人物写真帖」『陸軍』 陸軍少将正五位勲三等三好重臣其他(Ⅱ-09)》のうち
- NDC
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- 個人伝記 (289 10版)
- 参考資料
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- 新人物往来社/編. 共同研究新選組. 新人物往来社, 1973【210.58/1973.4】
- 茨城県史編集委員会 茨城県史編さん総合部会. 茨城県史研究 1号 (昭40.3)-. 茨城県教育財団歴史館史料部県史編さん室, 1965-【P213.1/イ】
- 白石市教育委員会 編. 白石市文化財調査報告書 第47集. 白石市教育委員会, 2013.12【K709.11/シ1/47】
- キーワード
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- 久米部, 正親(クメベ, マサチカ), 猪野, 忠敬
- 宮城県白石市
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000382464