レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025/10/19
- 登録日時
- 2026/03/28 00:30
- 更新日時
- 2026/03/28 16:41
- 提供館
- 宮城県図書館 (2110032)
- 管理番号
- MYG-REF-250011
- 質問
-
未解決
宮城県出身の明治時代の軍人で、明治35年1月の八甲田雪中行軍遭難事件から生還した「村松文哉」さんに関連して、以下のことが知りたいです。
雪中行軍から30周年の昭和7年(1932年)1月23日に、仙台の放送局で午後8時から放送されたラジオ番組「歩兵第五連隊八甲田山雪中行軍遭難記念の夕」で、村松さんは「遭難当時を偲ぶ」と題して講演をしたようです。この放送や講演内容について、地元紙等に記事が掲載されているかを知りたいです。
また、『雪中行軍隊 : 惨風悲雪』pp.72-74に「村松伍長遭難談」として、明治35年遭難当時、村松文哉さんが遭難について語った内容が収録されているようですが、この他に村松さんの話が掲載されている資料は所蔵していますか。
- 回答
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御依頼の件につきまして、下記の通り御案内しました。
※【 】内は当館請求記号
資料1 河北新報[マイクロフィルム]昭和6年12月-昭和7年1月, 河北新報社【PN071/カ】
資料1の1月15日から31日について通覧したところ、次のような記載がありました。
昭和7(1932)年1月23日付朝刊6面「ラヂオ / 歩兵第五聯隊八甲田山遭難記念の夕」中「(一)講演 陸軍歩兵伍長村松文哉」の項
(※引用文中の〓は判読不能な文字です)
「(前略)今日はその記念に際し當時の遭難實況を次の順序でお話いたします。
一.行軍隊の編〓及準備出發當時の積雪天候温度
二.行軍の模様午後より夜間の〓雪の模様
三.二十四日行軍の模様風雪温度凍死者及露營の實況
四.二十五日の模様私が本隊と別れるまで
五.本隊と別れてから二月三日發見されるまで」
同日付朝刊5面「雪中行軍遭難生存者村松氏の講演」の項
「今二十三日は青森歩兵第五隊八甲田山雪中行軍遭難の三十周年に當っているが(中略)放送に先立って今日午後一時より男師範講堂において全校生徒に講演を行ふ事となった」
男師範は宮城師範学校と推察し検索しましたが、当時の詳細についてまとめた資料は見当たりませんでした。
- 回答プロセス
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1 事前調査資料を国立国会図書館デジタルコレクションおよび当館所蔵資料で確認。
2 資料1にて、昭和7(1932)年1月23日付朝刊を通覧。ラジオ放送での講演のほか、男師範講堂での講演があったことが判明。
3 資料1を、1月15日から31日について通覧したが、講演の内容を収録・要約した記事は見当らず。
4 記事中の男師範を宮城師範学校と推察して検索したが、当時の詳細についてまとめた資料は見当たらず。
- 事前調査事項
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※1 日本放送協会 編『ラヂオ年鑑』昭和8年, 日本放送出版協会, 昭和8 国立国会図書館デジタルコレクション 169コマ目(p.299 上段)「年誌編」-「◇慰安」-「課題編成のプログラム」の項 https://dl.ndl.go.jp/pid/1260073 (最終アクセス日:2025/10/19) ※2 「朝日新聞」(縮刷版)昭和7年1月23日「ラジオ」「けふの放送番組」仙台(HK波長三九〇米)
※3 『雪中行軍隊 : 惨風悲雪』, 三沢書店, 明35 国立国会図書館デジタルコレクション 41-42コマ目(pp.72-74)「三十一、村松伍長遭難談」の項 https://dl.ndl.go.jp/pid/844347 (最終アクセス日:2025/10/19)
※上記資料の他、国立国会図書館デジタルコレクションで「村松文哉」をキーワードに検索してヒットしたものを事前に調査済とのことだった。
- NDC
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- 個人伝記 (289 10版)
- 参考資料
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- 河北新報 [マクイロフィルム] 1号 (明30.1.17)- [マイクロフィルム]. 河北新報社, 1897-【PN071.2/カ】
- キーワード
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- 村松, 文哉
- 八甲田雪中行軍遭難事件
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000382463