レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025年07月05日
- 登録日時
- 2025/10/07 16:15
- 更新日時
- 2026/03/12 10:46
- 管理番号
- 千県東-2025-0003
- 質問
-
解決
「新田能重」という人物についての情報を探している。源義家、新田義貞の子孫で、戦国時代ごろに種子島へ鉄砲を習いに行ったと聞いている。
- 回答
-
「新田能重」について書かれている資料は見つからなかったが、以下の資料に岩松氏族で種子島にわたった人物がいること、西村氏の子孫に「能重」がいることが記載されている。
【資料1】『姓氏家系大辞典 第3巻 ナ-ワ』(太田亮編 角川書店 1976)
p4472「西村 ニシムラ」
「25 清和源氏岩松氏族 鳥銃の術を修めんとて、大隅國種子島にわたり。暫く西村と云へる漁村に住せしより、稱號とすと云ふ。猿樂者也。家紋丸に藤丸。寛政系譜に「三郎次郎能重(寶生門)-作之丞定恒-平三郎政直-善次郎政春-忠眞-忠章」と見ゆ。」
【資料2】『姓氏家系大事典』(丹羽基二著 新人物往来社 2002)
p281「西村」
「明治の終わり頃、大阪朝日新聞に勤続30年、多くの名ジャーナリストを育てた漢学者に西村天囚がいる。(中略)この人は、大隅国種子島の産。江戸の猿楽者能重(宝生流)はその祖。三代目平三郎は猿楽をきらい、鳥銃づくりの術を修めようと種子島に渡り、とうとう住みついてしまった。天囚こと時彦はその末裔である。本姓清和源氏岩松氏。」
【資料3】『角川日本姓氏歴史人物大辞典 46 鹿児島県姓氏家系大辞典』(角川書店 1994)
p695「西村」
「種子島の西村に由来するという西村氏がある。清和源氏義家流で、先祖は岩松氏の族といい、鳥銃の法を修行するため種子島の西村という漁村に住んだことにより西村氏を称したという。子孫の三郎次郎能重は宝生の弟子となり、のち幕臣となった(寛政重修諸家譜)。」
【資料4】『寛政重修諸家譜 第18』(続群書類従完成会 1981)
p353「西村」
「家傳に、先祖は岩松の族にして鳥銃の術を修せんとて、大隅國種子島にわたり、しばらく西村といへる漁浦に住せしより稱號とす。三郎次郎能重はじめ寶生が弟子にて猿楽の者たりしが、めし出されて御家人にくははり伴とあらため、のち西村に復すといふ。」
- 回答プロセス
-
1 【資料1】と【資料2】で「源」「新田」で調査したが、見つからず。
2 情報を得るためにGoogleで「新田能重」を検索すると、「西村さんのルーツを探せ!」(https://tabi-mag.jp/roots-nishimura/)がヒットし、有力な西村のルーツとして新田能重が紹介されていたが、出典の記載はなかった。
3 2のサイトで「岩松」という名字が出てきたため、【資料1】の1巻と【資料2】で調査するが、見つからず。また、サイトのタイトルから「西村」で調査したところ、回答の内容が見つかった。
4 質問者の「種子島へ鉄砲を習いに」という部分から、【資料3】を確認。解説に「寛政重修諸家譜」とあったので、【資料4】を確認したところ、【資料1】【資料2】と同様の内容が書かれていた。
以下は確認したが情報が見つけられなかった資料
『日本名字家系大事典』(森岡浩編 東京堂出版 2002)
『姓氏4000歴史伝説事典』(志村有弘編 勉誠出版 2008)
『国史大系 第60巻上 尊卑分脉』(黒板勝美編輯 吉川弘文館 2001)
『種子島人列伝』(井元正流著 南方新社 2003)
『鹿児島士人名抄録』(上野堯史著 高城書房 2005)
『新田一族の盛衰』(久保田順一著 あかぎ出版 2003)
『新田一族の中世』(田中大喜著 吉川弘文館 2015)
『上野新田氏 シリーズ』(田中大喜編著 戎光祥出版 2011)
『新田三兄弟と南朝』(久保田順一著 戎光祥出版 2015)
(インターネット最終確認日:2025年10月1日)
- 事前調査事項
- NDC
-
- 個人伝記 (289 9版)
- 参考資料
-
- 【資料1】『姓氏家系大辞典 第3巻 ナ-ワ』(太田 亮/編 角川書店 1976)(2100518401)
- 【資料2】『姓氏家系大事典』(丹羽 基二/著 新人物往来社 2002)(2101506100)
- 【資料3】『角川日本姓氏歴史人物大辞典 46 鹿児島県姓氏家系大辞典』(角川書店 1994)(2100519884)
- 【資料4】『寛政重修諸家譜 第18』(続群書類従完成会 1981)(2100505691)
- キーワード
-
- 新田能重
- 岩松氏
- 西村氏
- 日本-歴史-室町時代
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000375016