レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025年08月25日
- 登録日時
- 2026/01/07 20:26
- 更新日時
- 2026/03/11 14:47
- 管理番号
- 中央-1-0021886
- 質問
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解決
長谷川平蔵の幼少期について書かれている資料を紹介してほしい。長谷川平蔵が人足寄場を作った理由に、幼少期の家庭環境が複雑だったことが関係しているかどうかを知りたい。
- 回答
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参考資料に記載した資料を紹介した。また、人足寄場を作ろうとした理由に幼少期の環境が関係するとは言えない、と回答した。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (281)
- 個人伝記 (289)
- 参考資料
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白井喬二, 高柳光寿 編. 日本逸話大事典 第5巻. 人物往来社, 1967.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001089671 (p2222「長谷川平蔵と江戸の浮浪者」
最近、無宿者が大量にあふれ出て止まるところを知らないが、救済策が実施されないので、あるものは道端で死に、多数のものが谷間に転がっている。長谷川はこうした事態を深く嘆き、十一代将軍家斉に願い出て、石川島に寄場を作るよう提言した、ということが書かれている。(「江戸紀聞」)) -
釣洋一 著. 江戸刑事人名事典 : 火附盗賊改. 新人物往来社, 2006.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000008329752 , ISBN 4-404-03411-3 (p187-267「鬼平の血脈」
p212「鬼平は庶子である。しかし、父宣雄が鬼平を設けた二年後、従兄の宣尹の養子になって、宣尹の養女と結婚した。鬼平には継母で、池波正太郎の『鬼平犯科帳』では、その名を波津としている。」など、幼少期について記載がある。) -
久田俊夫 著. 鬼平がよみがえる : 時代の魁・長谷川平蔵. 東洋経済新報社, 1999.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002843440 , ISBN 4-492-06114-2 (p13-14 長谷川平蔵の家庭事情について詳しく記載がある
p95「寄場の創設 -長谷川何がしこころみんといふ-」に、『日本逸話大事典 第5巻』に掲載されていたものと同じ内容の逸話が紹介されている。) -
重松一義 著. 鬼平・長谷川平蔵の生涯. 新人物往来社, 1999.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002764837 , ISBN 4-404-02671-4 (p60-68 本所の銕といわれた鬼平の家庭事情
鬼平の継母が鬼平4歳ないし5歳の時に亡くなっていることが書かれている。池波正太郎の『鬼平犯科帳』では継母にいじめられたことにより放蕩生活に繋がっていったことになっているが、それについては「考えにくい」とする説も紹介されている。
p177-215 人足寄場創設の苦心と功績
特に幼少期の家庭事情が複雑だったことが人足寄場創設につながったということは書かれていない。)
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白井喬二, 高柳光寿 編. 日本逸話大事典 第5巻. 人物往来社, 1967.
- キーワード
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- 長谷川平蔵
- 人足寄場
- 幼少期
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000378991