レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025年10月12日
- 登録日時
- 2025/11/22 16:47
- 更新日時
- 2025/11/27 20:11
- 管理番号
- 県立長野-25-142
- 質問
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解決
明治期の医師・山上兼善(やまがみ かねよし)氏は松本医学校兼病院の初代院長だったようだが、詳しい資料はあるか。
- 回答
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「信飛新聞」明治6年7月第7号に、山上兼善氏が筑摩県医黌(校)兼病院に着任、開黌式で行った講義と実験についての記事が掲載されている。これは『信飛新聞』有賀義人編 復刊信飛新聞刊行会 1970【N073/1】p.36-38に所収。
併せて次の資料も紹介した。
・『松本市史 第2巻 歴史編 3』松本市編・刊 1995【N233/106/2-3】p.67-74,266-270
筑摩県医黌兼病院の礎ともいえる松本藩立病院からの経過や明治15年頃までの医療についての記述がp.67-74にあり、p.70に山上氏が明治6年6月に着任し、明治7年1月には軍医となり病院を去った記述がある。
また、p.266-270には明治初期の西洋医学を学んだ医師について書かれており、p.268「明治初年医師開業履歴書一覧」に山上氏も記載されている。
・『長野県歴史人物大事典』赤羽篤 [ほか]編 郷土出版社 1989【N283/13】p.750
・『長野県百科事典』補訂版 信濃毎日新聞社編・刊 1981【N030/2a】p.811
[すべてのリンク先国立国会図書館デジタルコレクション送信サービスで閲覧可 最終確認2025.11.23]
- 回答プロセス
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1 利用者があらかじめ希望していた『長野県歴史人物大事典』と『長野県百科事典』補訂版 を確認する。
2 松本の病院で院長を務めたことから、『東筑摩郡・松本市・塩尻市誌 別篇 人名』東筑摩郡・松本市・塩尻市誌郷土史料編纂会編・刊1982【N233/10/別2】を調べるが、記載はない。
3 N490(長野県の医学)の書棚で医療の歴史にかかわる資料を探す。
4 当館契約のデータベース「信濃毎日新聞データベース」で「山上兼善」や「松本医校」「松本 病院」などを検索する。
5 国立国会図書館デジタルコレクションをキーワード「山上兼善」で検索し、左側のNDC分類を215(日本の歴史 中部地方)にチェックをつけ絞り込む。『松本市史』や『長野県史』などがヒットするので、内容を確認していく。
6 上記『松本市史』の内容を確認していくと、「信飛新聞」に当該医校の開校が報じられたことが書かれていたため、『信飛新聞』の復刻資料を確認する。
7 郷土史雑誌に論考があるかと思われたので、当館蔵書を「松本 病院 医学校」で検索する。塩原佳典「松本藩(県)から筑摩県への移行期における病院・医学校政策の転回」『信濃 第3次』第71巻第2号 2019 p.1-22がヒットしたが、山上氏についての記述はほとんどなかった。
<調査資料>
・『東筑摩郡・松本市・塩尻市誌 別篇 人名』東筑摩郡・松本市・塩尻市誌郷土史料編纂会編・刊1982【N233/10/別2】
・『長野県医療史 信州の医療を支えた人たち』医療タイムス社 1987【N498/130】
・信濃毎日新聞データベース
- 事前調査事項
- NDC
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- 個人伝記 (289 10版)
- 医学 (490 10版)
- 中部地方 (215 10版)
- 参考資料
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- (『信飛新聞』有賀義人編 復刊信飛新聞刊行会 1970【N073/1】)
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松本市 編. 松本市史 第2巻 歴史編 3. 松本市, 1995.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002459710 (【N233/106/2-3】) -
赤羽篤 [ほか]編. 長野県歴史人物大事典. 郷土出版社, 1989.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002021352 , ISBN 4-87663-126-3 (【N283/13】) -
信濃毎日新聞社開発局出版部 編. 長野県百科事典 補訂版. 信濃毎日新聞社, 1981.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001525555 (【N030/2a】)
- キーワード
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- 筑摩県医黌兼病院
- 筑摩県病院
- 山上兼善
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000376867