レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021年12月23日
- 登録日時
- 2024/09/18 19:26
- 更新日時
- 2024/12/08 17:04
- 管理番号
- 埼熊-2024-056
- 質問
-
未解決
イギリスのサラブレッドの馬に乗っていた武士がいたと聞いたことがある。それは誰だったのか知りたい。
- 回答
-
該当の武士に関する記述は確認できなかった。
- 回答プロセス
-
1 参考図書を確認する。
『国史大辞典 2 う-お』(国史大辞典編集委員会編 吉川弘文館 1980)
p151-152「馬」
参考文献の記載あり。
2 1の参考文献を確認する。
『日本馬政史 2(明治百年史叢書)』(帝国競馬協会編 原書房 1982)
p42-49「第壹章 江戸幕府初世紀 (六)馬の輸出入」
イギリスの馬に関する記述はないが、江戸時代初期に外国産の種馬の輸入が行われていたことを示唆する記述あり。
p332-361「第貳章 江戶幕府中世期 (五)種馬」
p332「洋種馬の輸入と蕃殖用馬の補充」に「徳川吉宗が海外より洋馬を輸入せられた事實は左記の通りである。」として列挙あり。
3 NDC分類〈210〉〈382〉〈388.1〉〈645.2〉の棚にあたる。
『日本人と馬の文化史』(久慈勝男著 文眞堂 2016)
p211 少年使節団が豊臣秀吉にアラビア馬一匹を献上したとの記述あり。
4 自館目録を〈馬 & 日本史〉〈サラブレッド〉〈軍馬〉〈武士 & 馬〉で検索する。
『馬の文化叢書 第4巻 近世』(馬事文化財団 1993)
p432-443「徳川吉宗の洋馬輸入と和蘭馬術師の渡来」(齋藤阿具)あり。
p444-458「徳川吉宗の洋牛馬輸入とその影響」(荒居英次)あり。
『日本馬物語 家畜の文化史1』(松丸志摩三著 月曜書房 1947)
p96「足利義満の時代になると、それこそたいへんな費用と犠牲とを拂つて、支那、ダッタンから種馬を輸入したばかりでなく、アラビヤ馬までをも輸入し、それによつて日本馬を改良するといふことまで行はれる程になつたのでありました。」とあり。
p125「古くは室町時代に支那、ダッタンの馬、あるいはアラビヤの馬を輸入したことのあつたのは前にお話しした通りです。また近いことでは幕末の時代に、フランスのナポレオン三世がアングロ・アラブ種二十數頭をつて呉れたといふこともありました。」とあり。
5 4より参考文献を確認する。
『日本騎兵史 上巻 明治百年史叢書』(佐久間亮三[ほか]編 原書房 1979)
p25「八代将軍吉宗(1720年頃)は(中略)当時海外より輸入した馬匹は次のように記録されている。唐馬(中国産)五頭 蘭印産馬及びペルシャ産馬 二七頭」とあり。
p27「文久三年(一八六三年)にはフランスのナポレオン三世から、幕府が贈った蚕種数万枚の返礼として、アラビア馬牝牡二六頭を贈ってきた」とあり。
5 《国立国会図書館レファレンス協同データベース》(http://crd.ndl.go.jp/reference/ 国立国会図書館)を〈サラブレッド〉で検索する。
6 《国立国会図書館リサーチ・ナビ》(http://rnavi.ndl.go.jp/rnavi/ 国立国会図書館)を〈サラブレッド & 武士〉で検索する。
〈その他調査済み資料〉
『世界家畜図鑑』(講談社 1987)
『世界大百科事典 2005年改訂版 11』(平凡社 2005)
『日本の家畜・家禽(フィールドベスト図鑑 特別版)』(秋篠宮文仁[ほか]監修・著 学習研究社 2009)
『日本馬政史 3(明治百年史叢書)』(帝国競馬協会編 原書房 1982)
『馬、この愛すべき動物のすべて シマウマからサラブレッドまで』(原田俊治著 PHP研究所 1991)
『馬の博物館研究紀要 第1号』(馬事文化財団 1987)
『馬の文化叢書 第5巻 近代』(馬事文化財団 1994)
『図説馬の博物誌』(末崎真澄編 河出書房新社 2001)
『日本人と馬』(東京農業大学「食と農」の博物館・学術情報課程企画・編集 東京農業大学出版会 2015)
『日本人と馬の文化史』(久慈勝男著 文眞堂 2016)
ウェブサイト・データベースの最終アクセス日は2021年12月23日。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 日本史 (210 9版)
- 家畜.畜産動物.愛玩動物 (645 9版)
- 参考資料
- キーワード
-
- 馬
- サラブレッド
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 歴史
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000355642