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レファレンス事例詳細

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事例作成日
2024年2月15日
登録日時
2024/05/03 12:35
更新日時
2024/12/01 20:56
提供館
県立長野図書館 (2110021)
管理番号
県立長野-24-031
質問

木曽家畜市場についてその始まりや名称変更、移転、所在地について知りたい。
また、昭和47年(1972年)8月27日に市場があった場所は市場移転後にどうなっているのか知りたい。

回答

1 市場の変遷・移転・名称について
 江戸時代から大正2年までの馬市の変遷については、『木曽福島町史 第3巻』木曽福島町教育委員会編 木曽福島町 1983【N234/76/3】のp.224-237「馬市の変遷」にまとめられている。

(1) 江戸時代までの馬市について
 馬市の起源は江戸期にさかのぼる。起源については、『木曽福島町史 第3巻』(前掲)p.196-202「木曽馬生産の歴史的背景」が参考になるが、年等の詳しい時期は不明。
 また名称については、同書p.224に七月の夏市を「毛附(けづけ)」「お毛附」「半夏市(はんげいち)」、九月の市を「中払」又は「中見市(なかみいち)」と呼んだとある。
 場所については、p.224に「中山道往還の上町・下町の町の目抜き通りの店先につないで行われた」とある。

(2) 明治時代の馬市について
 明治に入ると、福島戸長役場が馬市の管理を行うようになり、開催場所は『木曽福島町史 第3巻』(前掲)p.227に「馬市場の場所も江戸時代のまま、上町・下町の往還通りの町家の軒場へ馬つなぎ場を設け、また、広小路に厩を仮設してこれにあてている」とある。
 この後、市街地での馬市が禁止された明治40年から明治末までは「中央橋際の下村地籍にあった木曽産牛馬組合前」で開催されたとあり。このほか、場所については『信州木曽馬ものがたり』黒田三郎著 信濃路 1977【N645/5】p.47には、「福島小学校の下、現在の八十二銀行の寮のところにあった木曽産牛馬組合事務所から進藤商店に至る間」とあるが、住所までは不明。

(3) 青木河原の市場について
 大正2年から、昭和51年(1976年)3月まで使われていた市場。
 『木曽福島町史 第3巻』(前掲)p.235に「大正二年、青木河原に土地を求めて、専用の市場を設けて移転した」とある。
 また、『木曽福島町史 第2巻』木曽福島町教育委員会編 木曽福島町 1982【N234/76/2】の巻末年表のp.999大正2年(1913年)に「七月一日 福島町家畜市場を字青木河原に移し年々馬市場とす」とあり。
 この青木河原の市場については、『信州木曽馬ものがたり』(前掲) p.51「馬市場・売店・馬屋の配置図」に大正10年~昭和20年頃」とある市場の図があるが、所在地などは不明。

 また、次の新聞記事から、この場所は民有地であった場所を公的に借用して家畜の取引を行っていることがわかる。
・「牛歩の移転、もう限界 木曽福島町の家畜市場」『信濃毎日新聞』1974年(昭和49年)11月9日朝刊12面
 青木河原の家畜市場の移転が進まないことを報じている記事。
 記事中に「同農協の話だと、四十二年公開セリ市になったのをきっかけに民有地を正式に借り、約二千百平方メートルの広場で再スタート。」とあるが、この42年が1942年(昭和17年)を指すのか、昭和42年(1967)であるのかは不明。

 青木河原の最後の市場が開催されたのは、昭和51年(1976年)3月8日であることが『木曽牛の歩み』木曽優良子牛生産パワーアップ協議会編・刊 2011【N645/36】p.12の記述からわかる。

(4) 伊谷の市場について
 昭和51年(1976年)から運営者・名称の変更、建て替え等を経て現在も使われている市場。
 1976年5月8日に木曽家畜市場竣工式と初市場が行われたことが『木曽牛の歩み』(前掲)p.12に書かれている。
 また、同書p.20に平成22年に木曽家畜市場が閉場、長野県中央家畜市場としてスタートしたことがわかる。
・「県内情報リンク=木曽家畜市場で閉場式」2010年2月10日『信濃毎日新聞』 朝刊6面
 木曽農協が運営していた木曽家畜市場(木曽郡木曽町)が閉場する際の閉場式の様子を報じた記事。「現在の木曽市場は1977年に開設。」とある。

 次の新聞記事から、根羽村にあった根羽家畜市場と合併し、長野県中央家畜市場となったこと。それに伴い、運営者が全農長野酪農部畜産課となること。土地はそのまま木曽市場を使用し、建物を建てる予定であること等がわかる。
・「県中央家畜市場、初競り活気 木曽に統合」『信濃毎日新聞』2010年4月14日
 平成22年(2010年)4月に下伊那郡根羽村の市場が統合、長野県中央家畜市場となったことがわかる。

 この市場についての詳細はJA全農長野畜産酪農部畜産課ウェブページ「長野県中央家畜市場」に記載があり、所在地は下記のとおり。
  「長野県中央家畜市場」
   開催団体名:JA全農長野畜産酪農部畜産課
   所在地:長野県木曽郡木曽町608番地1

2 青木河原の市場の廃止時期、廃止後の土地利用と地図について
 青木河原の市場の最後の市場は前掲のとおり、昭和51年(1976年)3月8日だが、建物の解体時期までは不明。
 詳しい地点までは絞れないが、本回答1で紹介した『信州木曽馬ものがたり』(前掲) p.51「馬市場・売店・馬屋の配置図」に大正10年~昭和20年頃」とある市場の図から、木曽川と黒川の合流点の右岸側であるであることがわかる。
 当館所蔵の地図としては、「5万分の1地形図 木曽福島」昭和43年9月30日発行のものがあるが、範囲が広い地図のため、建物名までは確認できない。
 また、所蔵する一番古い木曽福島町の住宅地図は1983年発行の『ゼンリンの住宅地図 木曽福島町 日義村』日本住宅地図出版編・刊 1983【N234/77/'83】で、木曽川と黒川の合流点はp.4の右側に確認できる。

回答プロセス

1 木曽地域の歴史がまとめられた資料を参照するため、木曽郡の関係資料の長野県郷土資料分類N234の資料を参照する
・『木曽福島町史 第3巻』(回答記載)
・『木曾の明治百年』森田孝太郎著 千村書店 1969【N234/154】
・『自治制実施 四拾年記念号』福島町編・刊 1928【N234/3】
・『飛躍(100)のあしあと 2(木曽福島町制施行百周年記念誌)』木曽福島町制施行100周年記念事業実行委員会編 木曽福島町 1993【N234/89/2】
 p.89-95「人とともに 馬市」の部分のp.93に「上町・下町での馬市(明治40年頃まで続いた)」とキャプションのある写真、p.95に「青木河原での馬市場全景」とキャプションのある写真が掲載されている。いずれも写真はモノクロ。
・『地名が語る木曽川の両岸』小林俊彦著 山田印刷 2018【N234/150】
・『木曽路大紀行 (「信州の大紀行」シリーズ)』田中欣一責任編集 一草舎出版 2006【N234/124】

木曽地域の家畜市場は馬の売買から移り変わってきたものということがわかる。

2 長野県内の畜産業に関わる長野県郷土資料分類N64_の棚で木曽の牛馬に関する資料を中心に資料を探す
・『長野の畜産 1972』長野県編 長野県 1972【N640/12/'72】
・『木曽うまものがたり (小学館のノンフィクション童話)』いながきがん文 小学館 1981【N645/8】
・『信州馬の歴史』信州馬事研究会編 信濃毎日新聞社 1988【N645/16】
・『信濃の馬』長野市立博物館編 長野市立博物館 1989【N645/17】
・『木曽馬とともに』伊藤正起著 開田村・木曽馬保存会 1996【N645/20】
・『木曽の肉牛 発展を模索する』関東農政局長野統計情報事務所編 長野農林統計協会木曽支部 1975【N645/3】
・『事業概要(松本・上田・飯田・長野) 昭和55年度』長野県食肉衛生検査所編・刊 1981【N648/2/’80】
・『長野県主要畜産施設』長野県農政部畜産課編 長野県 1975【N640/19】
・『JA木曽30年のあゆみ』木曽農業共同組合合併30周年記念誌編集委員会編集 木曽農業共同組合 2007【N611/604】

3 『信濃毎日新聞』の記事を探す
 「信濃毎日新聞データベース」で「木曽 家畜 市場」等のキーワードで検索し、該当記事を確認した。

<その他調査資料>
 プロレスの会場ということだったため、当館所蔵の次のプロレスに関する資料を参照したが、関連情報は確認できなかった。
 ・『プロ格闘技年表事典』小泉悦次編 日外アソシエーツ 2018【788.03/コエ】
 ・『新日本プロレス50年物語 第1巻』週刊プロレス編 ベースボール・マガジン社 2022【788.2/ベス/1】
  p.20に時期が合致する「7月24日から8月30日にかけての「ニュー・サマー・シリーズ」(全22興行)とあるが、興行場所の記載はない。

事前調査事項
昭和47年(1972年)8月27日に木曽福島町の「家畜市場」でプロレス興行があり、その会場となった市場に関する資料をお探しとのこと。会場になった当時のことだけでなく、その市場の沿革が知りたいとの希望だった。
NDC
  • 畜産業 (640)
  • 中部地方 (215)
参考資料
  • 木曽福島町教育委員会 編集. 木曽福島町史 第3巻. 木曽福島町, 1983.
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I23111160086892
  • 黒田三郎 著. 信州木曽馬ものがたり. 信濃路, 1977.
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001401142
キーワード
  • 木曽家畜市場
  • 長野県中央家畜市場
照会先
寄与者
備考
調査種別
文献紹介
内容種別
郷土
質問者区分
社会人
登録番号
1000349804
転記用URL
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000349804 コピーしました。
アクセス数 902
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