レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2013年02月20日
- 登録日時
- 2019/03/10 15:07
- 更新日時
- 2019/03/31 13:19
- 管理番号
- 20130220a
- 質問
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解決
漁業無線の基地局を各漁協が担っていた時期と、三崎へ統合した時期及び一本化の理由を知りたい。
- 回答
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各漁協が海岸局と固定局を開設したのは、昭和26年に近距離通信用の漁業用として150メガヘルツ帯の周波数が割り当てられたのを契機としています。
昭和29年4月に三崎・小田原、30年に浦賀、32年6月に久里浜に開設され、その後、大磯、前川、小八幡、真鶴にも利用組合単独の固定局・海岸局が誕生しました。その後、無線局設備規則の改正により、昭和39年1月1日以降、旧規格機器の使用が認められなくなったことや、簡易無線局制度の普及、陸上電話事情の改善等と相俟って廃局され、三崎・小田原の二局のみになりました。
既に県が実質運営していた三崎局(遠洋漁業担当)のほか、小田原局については、近海沿岸の電話船を一括して対象とする形で運用するため、昭和29年12月に三崎局の送受信装置を小田原局に無償貸与しましたが、円滑な運営ができなかったため、免許人団体を改組するとともに、昭和33年11月県営に移管し、三崎局と同じように県主導型の二重免許となりました。小田原局はその後、昭和38年6月に、設置場所を小田原市網一色の県水産指導所構内に移しています。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 神奈川県漁業無線局(1980年10月)『漁業無線局50年のあゆみ』 (当館の整理番号は(K665-0-0001 ID:3199321279 ))
- キーワード
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- 神奈川県
- 漁業無線
- 無線局
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人 団体
- 登録番号
- 1000252880