レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022/03/05
- 登録日時
- 2024/01/31 00:30
- 更新日時
- 2024/02/01 11:19
- 管理番号
- 所沢新所-2023-010
- 質問
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解決
メディチ家の紋章の由来について記載のある本がみたい。
- 回答
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以下の資料に記載があります。
〇『図説ヨーロッパの紋章』 浜本隆志/著 河出書房新社 2019年
〇『図説メディチ家』 中嶋浩郎/著 河出書房新社 2000年
〇『紋章学入門』 森護/著 筑摩書房 2022年
〇『<図説>紋章学事典』 スティーヴン・スレイター/著・朝治啓三/監訳 創元社 2019年
〇『メディチ家はなぜ栄えたか』 藤沢道郎/著 講談社 2001年
〇『ヨーロッパ・エンブレムの旅』 藤代幸一/文 東京書籍 1994年
- 回答プロセス
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1.所蔵資料の内容調査
〇『図説ヨーロッパの紋章』 浜本隆志/著 河出書房新社 2019年
p.6に「フィレンツェ大司教邸のメディチ家の教皇紋章」の写真と説明あり。「(前略)楯の丸印の意味は諸説あるが、丸薬を表しているという説が有力である。そこには鍵が二本交差しており、これはローマ教皇紋章である。メディチ家は、レオ一〇世やクレメンス七世など、ローマ教皇を輩出しており、教皇紋章は、上部に三重冠を配し、交差するように天国と地獄の鍵をシンボル化しているのである。」と記載あり。
2.後日調査の追加事項
〇『図説メディチ家』 中嶋浩郎/著 河出書房新社 2000年
p.20-21に「メディチ家が権力を握ったあとに作られた伝説だが、それによれば、メディチ家の祖先はシャルルマーニュ(カール大帝)に仕える騎士だった。彼はムジェッロ地方を通ったとき、近隣を震え上がらせていた巨人を退治した。そのとき、巨人の矛を受けて彼の楯は何カ所かにくぼみができた。彼の勇敢な行為に報いるため、シャルルマーニュは楯のくぼみに赤い玉をはめ込んで紋章とすることを許したという。別の伝説にもやはりシャルルマーニュが登場する。大帝がムジェッロ地方で重い病気にかかったとき、地元の医者がかけつけて、吸い玉で大量の血を吸い出して治療した。感謝した大帝はその医者に〈メディチ〉という姓を名乗ることと、紋章に十一個の吸い玉を使うことを許したという。他の言い伝えによれば、メディチ家の紋章の玉は吸い玉ではなく、丸薬ということになっている。いずれにしても医者に関係が深い。(後略)」と記載あり。
p.22に「メディチ家の紋章」の写真あり。
〇『紋章学入門』 森護/著 筑摩書房 2022年
p.203-206に「ラウンドゥルの紋章にも有名家系のものが多いが、特に有名なものにフィレンツェのメディチ家(Medici)の紋章として“金のフィールドに六個のトートウ”がある。同家の紋章の由来についてはいろいろの説があるが、金融業で大を成す前には薬種商を営み、その看板が“赤い丸”、つまり丸薬を示したものであったことによるという説が一番有力とされている。メディチ家の紋章は最初は赤い丸六個であったが、後に一番上のものには青の上に三個のフラ・ダ・リを加えたものに変えられた。これは同家のコジモ(Cosimo 一三八九~一四六四)がフランス王ルイ一一世の財政危機を再三にわたって救ったことに対し、同国王が一四六五年、コジモの子ピエロ(Piero)に贈ったことによるもの、つまり加増紋としてフランス王の紋章の使用を許したものである。(後略)」と記載あり。
〇『<図説>紋章学事典』 スティーヴン・スレイター/著・朝治啓三/監訳 創元社 2019年
p.104に「(前略)メディチ家の紋章は彼らの名前の洒落を含んでいると考えられている。つまり、盾の中の赤い円形紋はおそらく、医者(メディチ)が今まさに手渡している錠剤を示しているのである。1465年、ルイ11世はメディチ家に対して、一番上の円形紋を、3つの金色の百合紋が付いた青色の円形紋と差し替える権利を与えた。」と記載あり。
〇『メディチ家はなぜ栄えたか』 藤沢道郎/著 講談社 2001年
p.11-12に「正式の紋章は、楯の表面に金箔が貼られ、球は赤く塗られており、球の数は最初は一二個とも一一個だったともいわれるが、後には六個または七個になった。金地に赤球数個の奇妙なデザインの意味は、正確にはわかっていない。一説にはその不可思議な球は丸薬を美化したものだという。「メディチ」という語は医者を意味するから、かつて医薬業に従事していたことがあり、丸薬で儲けて財をなしたのにちがいない、それでその丸薬を紋章とするようになったのだ、というわけだ。しかし、それだと楯の意味がわからない。また、メディチ家の名がはじめて市の記録に現れた一二一六年以降、メディチ一族のうち医薬関係の職についていた者は一人もないし、医薬業アルテに加盟していた者もない。医薬業アルテは医師と薬剤師の同業組合で、時にはダンテのような知識人も参加していた。史料で見られるかぎりは、メディチ家の人びとはつねに商人、または銀行家だったのであり、祖先の素性については、まったく謎に包まれている。メディチ家にはこの紋章の由来について、つぎのような物語が伝わっていた。昔々、カール大帝の御代に、アヴェラルドという名の勇猛な騎士がいた。ある時ローマに行く途中、フィレンツェ北東の農村地帯を通りかかると、そこには野蛮で残忍な巨人が棲んでいて、農民を苦しめていた。アヴェラルドは騎士道精神にしたがってこの巨人の退治に向かう。激闘の末めでたく怪物を倒したが、騎士の楯は巨人の振り回す棍棒に打たれて、凹みがいくつもできていた。カール大帝はその功を愛でて、アヴェラルド騎士の鎧帷子に金地赤球の図案を紋章としてつけることを許した。これがメディチ家の紋章の由来である、というのだ。」と記載あり。
〇『ヨーロッパ・エンブレムの旅』 藤代幸一/文 東京書籍 1994年
P35-37に「(前略)これは一四六五年の紋章だが、球が上から三、二、一の順に並んでいる。この赤い球が薬屋のシンボルである丸薬を表わしている、というのである。とすると、メディチ家の先祖の薬屋説は、この赤い球の紋章から逆算したのかも知れない。なお、同家の先祖は名前から、ある医者に由来するという説もある。当時のことだから、医者も丸薬を扱わないこともなかったろう。」と記載あり。
記載のなかった資料
×『図説メディチ家の興亡』 松本典昭/著 河出書房新社 2022年
×『中世紋章史』 ゲオルク・シャイベルライター/著・津山拓也/訳 八坂書房 2019年
×『英国紋章物語』 森護/著 河出書房新社 1996年
×『西洋の紋章とデザイン』 森護/著 ダヴィッド社 1982年
- 事前調査事項
- NDC
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- 系譜.家史.皇室 (288 9版)
- ヨーロッパ (293 9版)
- 参考資料
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- 図説ヨーロッパの紋章 浜本隆志/著 河出書房新社 2019.10 288.6 978-4-309-76287-6
- 図説メディチ家 中嶋浩郎/著 河出書房新社 2000.4 288.3 4-309-72634-8
- 紋章学入門 森護/著 筑摩書房 2022.8 288.6 978-4-480-51136-2
- <図説>紋章学事典 スティーヴン・スレイター/著 創元社 2019.9 288.6 978-4-422-21532-7
- メディチ家はなぜ栄えたか 藤沢道郎/著 講談社 2001.3 288.3 4-06-258209-0
- ヨーロッパ・エンブレムの旅 藤代幸一/文 東京書籍 1994.10 293.09 4-487-75376-7
- キーワード
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- 紋章
- エンブレム
- メディチ家
- 西洋
- ヨーロッパ
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- その他
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000345666