レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025年2月23日
- 登録日時
- 2025/02/21 16:16
- 更新日時
- 2025/02/27 20:22
- 管理番号
- 県立長野-24-205
- 質問
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解決
仁科信盛の子、仁科信基について書かれた資料はあるか。
- 回答
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仁科信基に言及されている資料を紹介した。
・『武田氏家臣団人名辞典』柴辻俊六編 東京堂出版 2015【281.03/シシ】
p.548「仁科信基」
信松院に隠棲したのち、「元和年間に讃岐に引きこもった。その際、蟠竜軒を称している。」とある。
・『仁科五郎盛信 : 史録』北島藤次郎著 鉄生堂 1980【国立国会図書館デジタルコレクション/図書館・個人送信限定】
前述の『武田氏家臣団人名辞典』の参考資料として紹介されていた資料で、日本各地の武田氏の末裔について調査した結果がまとめられている。
p.139-141(74-75コマ目)にかけて仁科内蔵介資真(盛信の曽孫)が先祖について記した「八王子信松院 江 納候由緒書之控」が紹介されており、「祖父」として「武田勝五郎信基」の項目がある。
また、続くp.141-143(75-76コマ目)にかけて勝五郎信基について書かれている。
この他、p.225-231(117-118コマ目)「長男・次男の行方」のp.225-226にかけて千葉県で調査した信基に関する内容が記されている。 こちらでは、房総の武田氏を頼って庁南城に移り、庁南城が落城した際には「永吉の里(茂原氏下永吉)へ逃げのびて身を隠した」との記述がある。
・『新篇武蔵風土記稿 第4 (巻99-123)』[間宮士信 等編] 歴史図書社 1969【国立国会図書館デジタルコレクション/図書館・個人送信限定】
前述の『武田氏家臣団人名辞典』で紹介されている文書「信松院百回会場記」が翻刻掲載されている。訓点と返り点がついた訓読文で掲載されており、現代語訳や解説などはない。
・『花の若武者仁科五郎盛信』春日太郎著 伊那毎日新聞社 1982【N289/ニシナ】【国立国会図書館デジタルコレクション/図書館・個人送信限定】
前述『仁科五郎盛信 : 史録』と同じ書状がp.141-144(75-77コマ目)に掲載されており、p.144には「長男信正に持たせて逃避させたときの信玄の肖像画」とある画像が掲載されている。 また、p.145-146(77-78コマ目)に「武田氏の系譜」が掲載されており、p.145に盛信、信基の名前が見える。
・『寛政重修諸家譜 第3』続群書類従完成会 1980【288.2/タミ/3】
p.296-297「仁科」 系図の前書きとして「信玄の四男仁科盛信より出て、盛信が子を式部信久、其子を勘右衛門信道とす。今武田の系図を閲するに、信玄の四男仁科五郎盛信が子孫の世系みるところなく、疑ふべきがゆへ、(中略)信道より系をおこし、今の家伝をここに収録するのみ」とあり、同氏の名前は確認できない。
※回答中のリンク先の最終確認日は2025.02.23。
- 回答プロセス
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1 利用者指定の資料を確認する。
・『仁科氏』北澤繁樹著 東京図書出版会 2010【N930/929】
仁科盛家、盛遠、盛忠、盛房、持盛、盛能、盛信を各章の主人公にした歴史小説で、どこまで史料や研究に基づいて書かれたものか検証することは、図書館ではしていない。また、資料の中に参考図書一覧のようなページはない。
なお、この資料を出版した東京図書出版会のホームページでは「文学・小説・絵本」のジャンルのページに掲載されている。[最終確認日 2025.02.23]
2 長野県関係の人物事典、伝記を中心に系図等も確認する
いずれの資料にも項目としての記載は確認できなかった。
・『長野県歴史人物大事典』神津良子編 郷土出版社 1989【N283/13】
・『角川日本姓氏歴史人物大辞典 20 長野県』角川書店 1996【N288/158】
・『信濃古武士』丸山楽雲著 2009【N288/236】
p.370「仁科氏婚媾系図」
・『寛政重修諸家譜 第3』(回答記載)
・『国史大系 別巻2 尊卑分脉索引』黒板勝美編輯 吉川弘文館 2001【210.08/クカ/ベツ2】
「信基」の項目を確認したが、仁科姓の人物は確認できない。
・『江戸幕府旗本人名事典』全5冊 小川恭一編著 原書房 1989-1990【281.03/オキ】
・『武田氏家臣団人名辞典』(回答記載)
・『花の若武者仁科五郎盛信』(回答記載)
3 地域の資料を探す
仁科氏は現在の大町市や北安曇郡を中心とする地域の武将であるため、該当地域の資料を参照するも関連する内容は確認できなかった。
また、父である仁科盛信が没した高遠城のある高遠町の資料も併せて確認した。
・『北安曇誌 第2巻』北安曇誌編纂委員会編 長野県北安曇教育会 2009【N231/13/2】
・『大町市史 第2巻』大町市史編纂委員会編 大町市 1985【N231/36/2】
p.398-420「仁科信盛の入郡と支配」
・『松川村誌 歴史編』松川村誌編纂委員会編 松川村誌刊行会 1988【N231/40/1】
p.128-132[「仁科氏の滅亡と盛信の時代松川村誌」
・『小谷村誌 歴史編』小谷村誌編纂委員会編 小谷村誌刊行委員会 1993【N231/46/2】
p.103-111「仁科盛信による小谷地方の統治」
・『高遠町誌 人物篇』高遠町誌人物篇編纂委員会編 高遠町誌刊行会 1986【N242/79/3】
p.315-316「仁科五郎盛信」
4 上記のうち仁科信基について記述が確認できた資料の参考文献、文書が掲載されている資料を探す
- 事前調査事項
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ウィキペディア「仁科信基」[更新日 2023年9月29日]の典拠として、『仁科氏』北澤繁樹著 東京図書出版会 2010【N930/929】が挙げられているとのこと。
- NDC
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- 個人伝記 (289)
- 参考資料
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柴辻俊六, 平山優, 黒田基樹, 丸島和洋 編. 武田氏家臣団人名辞典. 東京堂出版, 2015.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I026356818 , ISBN 978-4-490-10860-6 -
北島藤次郎 著. 仁科五郎盛信 : 史録. 鉄生堂, 1980.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001494961 -
[間宮士信 等編]. 新篇武蔵風土記稿 第4 (巻99-123). 歴史図書社, 1969.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001227598 -
春日太郎 著. 花の若武者・仁科五郎盛信. 伊那毎日新聞社, 1982.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001637766 -
寛政重修諸家譜 第3 新訂. 続群書類従完成会, 1980.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I10111100092154 , ISBN 4-7971-0207-1
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柴辻俊六, 平山優, 黒田基樹, 丸島和洋 編. 武田氏家臣団人名辞典. 東京堂出版, 2015.
- キーワード
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- 仁科盛信
- 武田氏
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000363227