レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2020年07月04日
- 登録日時
- 2024/03/21 15:42
- 更新日時
- 2024/05/31 17:17
- 管理番号
- 埼熊-2023-113
- 質問
-
未解決
伊橋氏、井橋氏は、太田道灌の家臣で江戸城の会計係だったという話がある。実際、太田家家臣に伊橋氏や井橋氏がいたか知りたい。
- 回答
-
太田家家臣の関連資料に伊橋氏、井橋氏の記述は確認できなかった。
- 回答プロセス
-
1 自館目録を〈太田道灌〉〈江戸城〉〈扇谷上杉〉で検索する。
『江戸城』(深井雅海著 中公新書 2008)
p4-5「長祿元年(1457)には、太田資長(道灌)が江戸城を築いた。資長は、関東管領山内上杉顕定の一族扇谷上杉定正の家宰を務めていたが、(中略)資長は江戸城に30年在城し(中略)太田資長の死後、江戸城は上杉氏の所有となった」とあり。
p61「図14 江戸幕府の職制図」あり。
p62「勘定奉行は幕府直轄領の支配と財政運営を司った」とあり。井橋氏、伊橋氏に関する記述なし。
2 参考図書を確認する。
『国史大辞典 3 か』(吉川弘文館 1982)
p837「かんじょうぶぎょう 勘定奉行」の項
「江戸幕府の職制の一つ。元禄頃までは勘定頭と称した。」
「勘定所の長として幕府財政一切を総監し、幕領の租税徴収を取り扱う(後略)」
p838「勘定奉行一覧」
3 《国立国会図書館レファレンス協同データベース》(http://crd.ndl.go.jp/reference/ 国立国会図書館)を〈太田道灌〉で検索する。
「太田道灌(資長)の主な家臣について知りたい。」(埼玉県立久喜図書館 https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000106263)
4 《WHOPLUS》(日外アソシエーツ)を〈いはし〉で検索する。
5 《大日本史料総合データベース 》(https://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/w61/search 東京大学史料編纂所)を〈伊橋〉〈井橋〉〈太田資長〉〈太田道灌〉〈太田道灌 & 家臣〉で検索する。
「【綱文】道灌の妻子及び家臣の事蹟、」の綱文詳細に『大日本史料 第8編之18 後土御門天皇』(東京大学史料編纂所編 東京大学出版会 1985)とあり。
6 5より『大日本史料 第8編之18 後土御門天皇』を確認する。
『大日本史料 第8編之18 後土御門天皇』(東京大学史料編纂所編 東京大学出版会 1985)
p731-794 太田家について記載あり。
p765「道灌公長祿元年、千代田、斎田、寶田之三氏の家臣をして」とあり。
p772「二条銅院房の假屋ニ到ると有、結城三郎兵衛、藤原重純、小笠原九大夫忠貞を城に置と見えたり」とあり。
〈その他調査済み資料〉
『太田道灌と長尾景春』(黒田基樹著 戎光祥出版 2020)
『享徳の乱と太田道灌』(山田邦明著 吉川弘文館 2015)
『江戸城』(村井益男著 中公新書 1979)
『扇谷上杉氏』(黒田基樹編著 戎光祥出版 2012)
『朝日日本歴史人物事典』(朝日新聞社編 朝日新聞社 1994)
『寛政重修諸家譜 索引1』(続群書類従完成会 1989)
『日本人物文献目録』(法政大学文学部史学研究室編 平凡社 1993)
『戦国人名辞典』(戦国人名辞典編集委員会編 吉川弘文館 2006)
『戦国大名家臣団事典 東国編』(山本大[ほか]編 新人物往来社 1981)
『江戸幕府代官履歴辞典』(西沢淳男編 岩田書院 2001)
ウェブサイト・データベースの最終アクセス日は2020年7月4日。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 日本史 (210 9版)
- 個人伝記 (289 9版)
- 参考資料
- キーワード
-
- 太田 道潅(オオタ ドウカン)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 歴史
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000347802