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レファレンス事例詳細

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事例作成日
2014年11月02日
登録日時
2015/04/10 16:36
更新日時
2015/06/30 14:54
提供館
埼玉県立久喜図書館 (2110009)
管理番号
埼久-2015-008
質問

未解決

栗橋の江戸初期の人物、並木五郎兵衛について次の2点が知りたい。(1)没時の年齢 (2)その他の情報
回答
並木五郎兵衛は、史料により並木五良平や並木五郎平と表記されている。
(1)について いずれの史料も生年が書かれていないか不明のどちらかであり、没時の年齢はわからなかった。

(2)について 以下の資料を紹介した。ただしいずれも『新編武藏風土記稿』『武蔵国郡村誌』などを出典としていると思われ、目新しい情報は少ない。
『埼玉人物事典』(埼玉県教育委員会編 埼玉県 1998)
 〈なみき ごろべい 並木五良平〉不明-明暦1(1655)『栗橋町歴史年表』と同じ簡易な解説のみ。
『久喜市栗橋町史 民俗3 町場と農村の暮らしと信仰』(久喜市教育委員会 2011)
 p3 並木五郎平について『栗橋町歴史年表』解説と同様の記述のみ。
 p7「深廣寺」の項に『新編武藏風土記稿』による説明あり。承応二年(1653)に建立された「六面塔二十一基」に関する伝承について記載あり。

『新編武蔵風土記稿 [第3期] 2』(蘆田伊人編集校訂 雄山閣 1977)
 p218〈栗橋宿〉の項に五郎平の名前あり。内容は『栗橋町歴史年表』の解説と同様。
 p219〈深廣寺〉の項に五郎平の名前と『久喜市栗橋町史 民俗3』と同様の記載あり。

『栗橋町の歴史と文化財』(栗橋町文化財保護審議調査委員会編 栗橋町教育委員会 1982)
 p33-34 並木五良平についてのやや詳しい解説あり。並木五良平の墓、五良平橋の写真あり。
 p253 〈深廣寺〉の項に「開基 並木五郎平光盛(元和元年)」とあり。

『栗橋町史資料 1 地誌』(栗橋町教育委員会編 栗橋町教育委員会 2007)
 p4、6『新編武蔵風土記 巻38 葛飾郡之十九 島中川辺領 ○栗橋宿』に並木五郎平に関する記述あり。
 p25『武蔵国郡村誌 ○栗橋宿』に並木五郎兵衛に関する記述あり。
 p32『武蔵国郡村誌 ○栗橋宿』〈開墾家〉池田鴨平の項に、並木五郎平に関する記述あり。
 「慶長19年鴨之助、村民並木五郎平と謀り当所を開墾し、竟に一村落をなし、栗橋に対して新栗橋と号す」
 p111『寺院明細帳』に深廣寺(じんこうじ)あり。「元和元卯年(1615)月日不詳、檀徒ノ輩之を創立す」

『栗橋の社寺』(栗橋町文化財保護審議調査委員会編 栗橋町教育委員会 1987)
 p75-77〈深廣寺〉並木五良平について記述あり。

『栗橋の地名 もじずり叢書 1』(もじずり叢書刊行会 1994)
 「栗橋の地名(22)」並木五良平について記述あり。

『日光道中 歴史の道調査報告書 3』(埼玉県教育委員会 1985)
 p31 並木五郎平の名前あり。

『日光街道 街道を歩く 1』(のんぶる舎 1999)
 p97 並木五郎平の名前あり。

『埼玉ふるさと散歩 日光道・古利根流域編』(さきたま出版会 2001)
 p74、77 並木五郎平の名前あり。
回答プロセス
質問者の事前調査事項を確認する。

『栗橋町歴史年表』(栗橋町文化財保護審議調査委員会編 栗橋町教育委員会 1993)
 「並木五郎平の墓(なみきごろべえのはか)昭和53年3月29日指定 栗橋東3-7-24 深廣寺
 並木五郎平(五郎兵衛)は、『新編武藏風土記稿』によれば、池田鴨之介と共に、幕府に願い出て、慶長年間(1596~1614)に、下総国の栗橋村(現茨城県猿島郡五霞町元栗橋)より村民を引連れ、後の栗橋宿となる上河辺新田を開墾しました。また、深廣寺の開基となり、山内の「六角名号塔」の建立に協力し、明暦元年(1655)11月18日に没しました。法名を「梅香院光盛」といいます」とあり。
 編集後記に「(略)今回、保存する方法がなかったので使用した古文書・参考図書・図書・文書コピーなどはすべて所蔵者に返却した」とあり。

質問に関する記述のない資料
『足立家・加藤家・島田家文書目録 栗橋町近世文書目録 2』(栗橋町教育委員会 1972)
『松本家書簡目録』(五霞村教育委員会 1995)
『五霞の古文書 五霞村の歴史資料 2』(五霞村教育委員会 1996)
事前調査事項
《市指定文化財・史跡》(http://www.city.kuki.lg.jp/miryoku/rekishi_bunkazai/shishitei/shiseki.html#cmsnamiki 久喜市)
『栗橋町歴史年表』(栗橋町文化財保護審議調査委員会編 栗橋町教育委員会 1993)
NDC
  • 個人伝記 (289 9版)
参考資料
  • 『埼玉人物事典』(埼玉県教育委員会編 埼玉県 1998)
  • 『久喜市栗橋町史 民俗3 町場と農村の暮らしと信仰』(久喜市教育委員会 2011)
  • 『新編武蔵風土記稿 [第3期] 2』(蘆田伊人編集校訂 雄山閣 1977)
  • 『栗橋町の歴史と文化財』(栗橋町文化財保護審議調査委員会編 栗橋町教育委員会 1982)
  • 『栗橋町史資料 1 地誌』(栗橋町教育委員会編 栗橋町教育委員会 2007)
  • 『栗橋の社寺』(栗橋町文化財保護審議調査委員会編 栗橋町教育委員会 1987)
  • 『栗橋の地名 もじずり叢書 1』(もじずり叢書刊行会 1994)
  • 『日光道中 歴史の道調査報告書 3』(埼玉県教育委員会 1985)
  • 『日光街道 街道を歩く 1』(のんぶる舎 1999)
  • 『埼玉ふるさと散歩 日光道・古利根流域編』(さきたま出版会 2001) ,  ISBN 4-87891-077-1
キーワード
  • 栗橋町 (埼玉県)-歴史-史料
照会先
寄与者
備考
調査種別
事実調査
内容種別
郷土
質問者区分
個人
登録番号
1000170638
転記用URL
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000170638 コピーしました。
アクセス数 3118
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