レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2024.6.13
- 登録日時
- 2023/06/13 18:01
- 更新日時
- 2024/10/11 14:37
- 管理番号
- 郷土85
- 質問
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解決
江戸時代に綾川町滝宮(香川県)で病院を開いていた漢方医大林春益(しゅんえき)、道益(どうえき)親子についてわかる資料はあるか。
- 回答
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以下の所蔵資料に記載あり。
『綾南町誌』 綾南町誌編纂委員会/編 綾南町/発行 1998.3
P.786 「大林春益は文化10年(1813)ごろ、鍋島道生の二男として国分寺町新名に生まれる。鍋島家は上笠居村(現高松市鬼無町)から国分寺に分家してきた」とあり、「鍋島は産科の名医として知られている。春益もそれを受け継ぎ、滝宮で大いに栄える」と記載されている。春益の子、道益は天保14年(1843年)生まれで「どえき」さんと呼ばれ、「綾南町最後の漢方医であろう」とされている。
『讃岐の医学と蘭学』 西岡 幹夫/著 美巧社/発行 2019.1.31
P.179 滝宮地区の医家の項に大林春益、大林道益についての記載あり。
『綾南町史(旧)』 綾南町史編集委員会/編 綾南町役場/発行 1978.3
P.168 江戸幕末の帯刀者の項に大林春益の名前が見られる。
『外骨 最後の帰郷 外骨の目・寛の目・荷風の目』 香川 餡餅/著・発行 2004.11
P.94 「役場の近くに大林道益という医者がいた。産科では少しばかり有名であった。本町の料理屋三谷屋や敷島で遊んでいて、何回か会ったことがある。酒の好きな医者だった。」との記載あり。しかし、あとがきに著者は「この拙文は、私の想像で書いた部分も多い」としている。
- 回答プロセス
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所蔵資料中に記載があるか探した。
- 事前調査事項
- NDC
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- 四国地方 (218)
- 医学 (490)
- 個人伝記 (289)
- 参考資料
- キーワード
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- 大林春益
- 大林道益
- 綾南町
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介 所蔵調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000334457