レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2026/02/16
- 登録日時
- 2026/03/31 00:30
- 更新日時
- 2026/03/31 00:30
- 管理番号
- R1016017
- 質問
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解決
旧高倉筋にある石段は元々何だったのか知りたい。また、石段にあった常夜灯について分かる資料や、写真で確認できる資料はないか。
- 回答
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次の資料を紹介しました。
■『歴史の道調査報告書集成 1:近畿地方の歴史の道 1 大阪 1 大阪府教育委員会/報告書編集』(服部英雄/編集委員 磯村幸男/編集委員 海路書院 2005.4)
p.25「八軒家浜―御祓筋(東区)」
「八軒家浜船着場の跡地は、現在、(中略)土佐堀通りを隔てて南東側に高低差八ー九mの崖と高倉筋入口に残る四〇数段の石段のみである」とあり、この石段が元々八軒家の船着場に続く石段だったことが示されています。
p.24-25にモノクロ写真が3枚掲載されています。
そのうち2枚について、それぞれ高倉筋にある石段と、過去石段にあった常夜灯が写っています。
■『続東区誌 別巻』(大阪市東区史刊行委員会/編集 大阪市東区史刊行委員会 1979)
八軒家船着場跡について記述があるほか、石段にあった灯篭についても記述があります。
p.253-259「八軒家着船場跡の確認」
八軒家の船着場跡地の正確な位置について記述があります。また、p.256に「八軒家着船場付近略図」が掲載されており、略図の中に「石段」と「高倉筋」が示されています。
p.258-259「八軒家船着場浜の灯篭」
「船着場石段の両側に、寛保三年八軒家旅籠中から生国魂神社に献燈として奉納された燈籠二基一対が、船着場が廃止となるまで、夜の航行の目標として建てられていた。その後生国魂神社本社境内に移築保存されているが、台石には八軒家の旅籠名が列記され、寛保三年六月奉納」とあります。
■『なにわ今昔 写真集』(毎日新聞社 1983.7)
こちらの資料は「国立国会図書館デジタルコレクション」(図書館・個人送信サービス)でもご覧いただけます。
https://dl.ndl.go.jp/pid/9575260/1/68
(2026/2/16現在)
p.128
明治時代に撮影された八軒家船着場のモノクロ写真が掲載されています。
[事例作成日:2026年2月16日]
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (291 10版)
- 参考資料
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- B11215639 歴史の道調査報告書集成 1 服部/英雄∥編集委員 海路書院 2005.4 682.1 (p.24-25)
- B10037941 東区史 続 別巻 大阪市東区史刊行委員会∥編集 大阪市東区史刊行委員会 1979 216.3 (p.253-259)
- B10041795 なにわ今昔 毎日新聞社 1983.7 216.306 (p.128)
- キーワード
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- 八軒家
- 旧高倉筋
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 大阪
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000382603