レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2024/03/31
- 登録日時
- 2024/07/27 15:39
- 更新日時
- 2024/08/08 14:55
- 管理番号
- 2024-028
- 質問
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解決
仙台出身で泉鏡花の弟子であった歯科医寺木定芳について知りたい。
- 回答
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寺木定芳(1883 年~1972 年)は本名を甫(はじめ)といい、士族の子として仙台で生まれた。旧制第二中学校在学中に父が死去したため、家督を継いで定芳(ていほう・さだよし)となる。中学を卒業後、東京専門学校(現・早稲田大学)に入学し、そののち小説家であった泉鏡花の門人となる。しかし、鏡花から歯科医の道を勧められ、自らアメリカに渡り大学で歯科を学び、帰国後は東京新橋に歯科診療所を開業した。日本では、いち早く矯正歯科を導入し、その第一人者となって自ら医学雑誌「歯科評論」を発刊した。また、鏡花のことをまとめた『人・泉鏡花』を著した。戦後は、日本で最も長い歴史を持つアマチュアの競技麻雀団体である日本麻雀連盟初代理事長を務めるなど、歯科医以外にも活躍の場を広げた。
- 回答プロセス
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朝日新聞クロスサーチで「寺木定芳」を検索したところ、2017 年 4 月 5 日(夕刊)の「風景をたどってⅣ 3 蝶か夢か、逗子の恍惚」という記事により、泉鏡花の弟子であったことがわかった。また、インターネットで氏名を検索すると泉鏡花の勧めで歯科医になったことや、雑誌を発刊したこと、日本麻雀連盟を設立したこと、『人・泉鏡花』の著作があることなどがわかった。国立国会図書館デジタルコレクションでは、自らが執筆した医学雑誌以外に『麻雀千夜一夜』などの麻雀本にも名前が載っていることがわかった。さらに、「泉鏡花」でインターネット検索すると『鏡花の家』中の「鏡花をめぐる人々」の項目に寺木定芳の名前があったことがわかったため、同書にあたって定芳の経歴等を調査した。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本文学 (910)
- 射倖ゲーム (797)
- 参考資料
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泉鏡花記念館, 泉鏡花研究会 監修・編著. 鏡花の家 : 泉鏡花生誕一五〇年記念. 平凡社, 2023.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I033080611 , ISBN 978-4-582-20733-0 -
手塚晴雄 著. 南は北か : 日本麻雀連盟雑史. 手塚晴雄, 1989.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002080887
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泉鏡花記念館, 泉鏡花研究会 監修・編著. 鏡花の家 : 泉鏡花生誕一五〇年記念. 平凡社, 2023.
- キーワード
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- 寺木定芳
- 泉鏡花
- 歯科医師
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査 所蔵調査
- 内容種別
- 寺木定芳 郷土 人物
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000353689