レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022年03月24日
- 登録日時
- 2023/05/16 09:31
- 更新日時
- 2023/05/16 09:31
- 管理番号
- 9000038547
- 質問
-
解決
「甲府連隊司令部」について、次の2点を確認したい。
(1)本土空襲による陸軍兵籍簿の焼失を避けるため、市内中心部から郊外の学校や寺院に疎開をしたか。
(2)終戦に伴い、陸軍兵籍簿を焼却処分したか。
- 回答
-
(1)市内中心部から郊外の学校や寺院に疎開をしたか。
・甲府連隊区司令部が疎開したという記述がある資料は確認できなかった。
・山梨県の建物疎開については、1945年(昭和20年)7月2日に、山梨県建物疎開事業委員会が開催、甲府市と塩山町(現在の甲州市)の一部の重要施設及び鉄道沿線を防空空地地区(疎開地区)とする山梨県告示が出された。この防空空地地区の中に、甲府連隊区司令部が含まれているかは確認できなかったが、7月6日~7日の甲府空襲により、甲府市の建物疎開は実現しなかったとのこと(『山梨県史 通史編6 近現代2』p.291、『甲府空襲の記録』p.12、『山梨のアジア太平洋戦争』pp.202-206)。
・甲府連隊区司令部の甲府市古府中町以外の場所についての記述は、『甲府空襲の記録』p.225の当時甲府連隊区司令部に勤務していた方の手記に、「甲府連隊区司令部および地区司令部は、甲府市の戦災当時、現在の国立病院の所と、電々ビルの場所にあった若尾ビル(当時の山田町)で事務をとっていた」とあった。国立甲府病院はかつて衛戍病院(甲府陸軍病院)があった、かつての甲府連隊区司令部の所在地。また、旧山田町(ようだまち)は甲府城下で、甲府の中心に近く、郊外ではない。
(2)兵籍簿を焼却処分したか。
・甲府連隊の関連資料や関連する記述の中に「兵籍簿」について書かれているものは確認できなかった。
・『山梨県史 通史編6 近現代』p388には、「六三部隊(旧甲府連隊)や県庁・市町村役場では、敗戦直後からあまたの書類が焼かれて、戦争遂行についての証拠隠滅が行われた」とある。
・『戦記甲府連隊』p.597の再刊あとがきには「甲府連隊の存在や、活躍を公にした資料も全くありません。これは、軍関係の資料や記録は、すべて軍事機密に属するものとして部外へは絶対に出さず、特に昭和二十年八月の敗戦で、占領軍の手に入るのを防ぐため全部焼却されたからです。」とある。
- 回答プロセス
-
1.『山梨県史』『甲府市史』を確認
・『山梨県史 通史編5 近現代1』(山梨県/編集 山梨日日新聞社 2005年)〈資料番号0104110093〉pp.342-346甲府連隊の設置場所、若尾民造の土地の買収・寄付等について。
・『山梨県史 通史編6 近現代2』(山梨県/編集 山梨日日新聞社 2006年)〈資料番号0104149695〉→pp.291建物疎開について。p.388「六三部隊(旧甲府連隊)や県庁・市町村役場では、敗戦直後からあまたの書類が焼かれて、戦争遂行についての証拠隠滅が行われた」。
・『甲府市史 通史編 第3巻 近代』(甲府市市史編さん委員会/編 甲府市役所 1990年)〈資料番号0104616016〉p.357「明治42年に完成した兵営、病院、連帯司令部は戦災を免れて戦後も残存した」。
2.甲府連隊に関する資料を確認
・『戦記甲府連隊:山梨・神奈川出身将兵の記録』(樋貝 義治/著 サンケイ新聞社 1978年)〈資料番号0101918233〉p.597に、資料は占領軍の手に入るのを防ぐため全部焼却された旨記述。
・『甲府連隊写真集(連隊写真集シリーズ 2)』(甲府連隊写真集刊行会委員会/編 国書刊行会 1978年)〈資料番号0106808181〉p.20甲府連隊司令部の建物の写真。
3.甲府空襲に関する次の資料を確認
・『甲府空襲の記録』(甲府市戦災誌編さん委員会/編集 甲府市 1983年)〈資料番号0101967297〉p.12建物疎開について。p.82甲府空襲の際六十三部隊には火の手が上がっていない。p.225「甲府連隊区司令部および地区司令部は、甲府市の戦災当時、現在の国立病院の所と、電々ビルの場所にあった若尾ビル(当時の山田町)で事務をとっていた」。p.320四十九連隊の兵舎は焼けなかった。
・『甲府盆地は火の海だった:甲府空襲の真相を探る』(諸星 廣夫/著 山梨ふるさと文庫 2018年)〈資料番号0106871437〉
4.山梨県の近代史に関する次の資料を確認
・『明治・大正・昭和の郷土史 15 山梨県』(昌平社 1982年)〈資料番号0101060044〉
・『山梨のアジア太平洋戦争』(佐藤 弘/著 山梨ふるさと文庫 2005年)〈資料番号0104127030〉pp.202-206建物疎開について
・『山梨の戦争遺跡』(山梨県戦争遺跡ネットワーク/編 山梨日日新聞社 2000年)〈資料番号0103547550〉
5.甲府連隊のあった、現在の「甲府市北新」の歴史に関する資料を確認
・『わがまち北新』(「わがまち北新」編集委員会/編 住んでよかったまち北新づくり協議会 2021年)〈資料番号0106946874〉p.35「四十九連隊・連兵場・射撃場 位置平面図」歩兵第四十九連隊兵営のとなりに衛戍病院・連隊区司令部あり。p.37「甲府陸軍病院配置図(昭和20年)」。
・『甲府きたしんの今昔』(山梨日日新聞社/編 北新地区社会福祉協議会 1993年)〈資料番号0102916145〉p.15司令部の建物の写真(『甲府連隊写真集』からの転載か)。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 中部地方 (215 10版)
- 陸軍 (396 10版)
- 参考資料
-
-
山梨県/編集 , 山梨県. 山梨県史 通史編6. 山梨日日新聞社, 2006.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I015487530-00 , ISBN 4897108330 (p.388,p.291) -
甲府市戦災誌編さん委員会 編 , 甲府市. 甲府空襲の記録 2版. 甲府市, 1983.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001938427-00 (p.12,p.225) -
佐藤弘 著 , 佐藤, 弘, 1951-. 山梨のアジア太平洋戦争. 山梨ふるさと文庫, 2005.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007877568-00 (pp.202-206) -
樋貝義治 著 , 樋貝, 義治, 1928-. 戦記甲府連隊 : 山梨・神奈川出身将兵の記録. サンケイ新聞社, 1978.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001667512-00 (p.597)
-
山梨県/編集 , 山梨県. 山梨県史 通史編6. 山梨日日新聞社, 2006.
- キーワード
-
- 甲府連隊
- 甲府四十九連隊
- 兵籍簿
- 疎開
- 照会先
- 寄与者
- 備考
-
・類似事例
陸軍省の地方機関である秋田連隊司令部は、本土空襲による陸軍兵籍簿の焼失を避けるため、市内中心部から郊外の学校や寺院に疎開をしたかどうか知りたい。また、終戦に伴い秋田連隊区司令部が陸軍兵籍簿を焼却処分したというエピソードはあるか。(秋田県立図書館)
※レファレンス協同データベース https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000315691
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000333174