レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025年11月30日
- 登録日時
- 2026/01/18 12:49
- 更新日時
- 2026/03/17 10:20
- 管理番号
- 埼熊-2025-083
- 質問
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未解決
短冊に書かれた以下の歌の作者について知りたい。
「日露戦争の歌 よみける中 しかたけは なぎはらわれて 人の為 開け行く世ぞ 嬉しかりける 良隆」
作者は明治時代に埼玉県在住だった桑田良隆だと考えている。
- 回答
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該当の歌および作者は確認できなかった。
- 回答プロセス
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1 《国立国会図書館デジタルコレクション》(https://dl.ndl.go.jp/ 国立国会図書館)を〈桑田良隆〉で検索する。
『[大日本歌道奨励会]会員銘鑑』(大日本歌道奨励会 1912)
p47「桑田良隆 入間郡金子村 明治22年師範学校を卒業し歌道を家庭に修め後ち鈴木重嶺氏に従ふ(後略)」とあり。歌一首の掲載あり。質問の歌はなし。
(https://dl.ndl.go.jp/pid/907113 国立国会図書館)35コマ 国立国会図書館内/図書館・個人送信限定
『弘道 192号』(日本弘道会 1908.3)
p34-35に桑田良隆の歌3首あり。質問の歌はなし。
(https://dl.ndl.go.jp/pid/6057737 国立国会図書館)21コマ 国立国会図書館内/図書館・個人送信限定
2 入間郡金子村の桑田良隆について確認する。
(1)埼玉県の郷土資料でNDC〈39〉の棚にあたり、埼玉県から日露戦争に派兵された人のリストに〈桑田良隆〉が無いか探す。
(2)埼玉県の郷土資料でNDC〈28〉の棚にあたり、入間郡金子村の郷土資料に〈桑田良隆〉や歌人に関連する記述が無いか確認する。
『金子人物誌』(埼玉県入間市金子人物誌刊行会著 入間市金子公民館 1970)
p109-114「金子源次」の項あり。明治22年に埼玉県尋常師範学校卒業。増岡広海と関係あり。
明治22年から35年間、豊岡小学校の校長を務めている。日露戦争についての記述なし。著作に『歌集藻塩草』あり。
3 人物事典を確認する。
『埼玉人物事典』(埼玉県教育委員会編 埼玉県 1998)
p322「くわたげんじ 桑田源次」
「慶応3.12.22-昭和11.1.29(1867-1936)教育者。金子村(入間市)生まれ。明治22年(1889)埼玉県師範学校卒業。」とあり。
4 《埼玉関係データベース》(https://www.lib.pref.saitama.jp/local/opac/search-detail.do?lang=ja 埼玉県立図書館)を〈桑田源次〉で検索する。
人物文献に「桑田源次」あり。「著“歌集・藻塩草”、“武蔵地名考”」とあり。また、内容一覧に資料4点あり。質問の歌はなし。
5 経過4の資料を確認する。
『藻塩草』(桑田源次編 桑田源次 1894)
p30に「桑田良隆」の歌一首あり。質問の歌はなし。
『埼玉県人物誌 下巻』(埼玉県立文化会館編 埼玉県立文化会館 1965)
p120-124「桑田源次」
p123に歌2首の掲載あり。質問の歌はなし。
『桑田先生』(野村精編 故桑田先生頌徳記念会 1936)
巻頭に桑田直筆の歌が数首掲載あり。
p37-44「和歌」
p37「桑田良隆」あり。多数の歌の掲載あり。質問の歌はなし。
6 《国立国会図書館デジタルコレクション》を〈桑田源次〉で検索する。
7 NDC分類〈90〉の棚を確認する。
〈その他調査済み資料〉
『入間市史 中世史料・金石文編』(入間市 1983)
『埼玉の教育山脈』(岩上進著 全国教育新聞社 1996)
『さいたまの歌人群像』(水城春房著 さきたま出版会 1988)
『周辺の歌人像』(星野丑三著 香蘭短歌会 1992)
『埼玉現代文学事典 増補改訂版』(埼玉県高等学校国語科教育研究会埼玉現代文学事典編集委員会編 埼玉県高等学校国語科教育研究会 1999)
『埼玉の近代文学』(原山喜亥著 原山喜亥 1989)
ウェブサイト・データベースの最終アクセス日は2025年11月30日。
- 事前調査事項
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『婦人と子ども 第4巻第10号』(フレーベル会 1904.10)
p18掲載の「我が少女等」の歌の作者に、「埼玉 桑田良隆」と記述あり。
- NDC
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- 貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション (090 9版)
- 関東地方 (213 9版)
- 教育史.事情 (372 9版)
- 参考資料
- キーワード
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- 桑田源次(クワタ ゲンジ)
- 桑田良隆(クワタ ヨシタカ)
- 入間市-埼玉県
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000379527