調べ方マニュアル詳細
- 調べ方作成日
- 2024年03月29日
- 登録日時
- 2024/03/28 10:25
- 更新日時
- 2024/04/07 13:57
- 管理番号
- 新県図-調006
- 調査テーマ
-
完成
「新潟で怪火を追う」
新潟出身の祖父が「子どもの時分には、よく狐火を見たものだ」と話します。
新潟ではそんなに狐火がでるのですか?
- 調べ方
-
新潟県で「狐火」といえば、阿賀町津川で催されるお祭り「狐の嫁入り行列」が思い浮かぶ。
著名な祭りであることから、手始めに阿賀町の歴史や地誌から調査を開始する。
阿賀町のホームページの「つがわ狐の嫁入り行列」の解説には、
「昔、麒麟山には狐がいて、毎晩のように狐の声が聞こえ、狐火が見られました。
津川の狐火は世界一で、麒麟山にまつわる狐火の話しは数多くあります。
昔、嫁入りは夜にかけて行われ、あたりは暗く、堤灯を下げて行列しました。
この堤灯の明りと狐火が平行して見え狐の嫁入り行列が生まれたとも言われています。」とあり。
阿賀町ホームぺージ 観光イベント情報 つがわ 狐の嫁入り行列
https://www.town.aga.niigata.jp/agamachi_soshiki/machizukuri_kanko/kanko_event/451.html#h_idx_iw_flex_1_0(2024.3確認)
1 歴史や地誌の本で、阿賀町における伝承の典拠を探す
●『図説・東蒲原郡史阿賀の里 下』(東蒲原郡史編さん委員会/編 東蒲原郡史編さん委員会 1978)
→狐火に関する記述はなし。
●『新・にいがた歴史紀行 4 新・五泉市 阿賀町』(駒形覐,長谷川紘吉,長谷川武雄/著 新潟日報事業社 2005)
→p96~97「津川川湊町」末尾に「今、津川は狐戻城跡の観光開発、津川舟玉祭の復活、近年では奇祭「狐の嫁入り行列」の創設など、活発な町おこしに取り組んでいる。」とあり。
→p98~99「麒麟山狐戻城跡」会津領の西端を固めるため、会津芦名氏の一族藤倉守弘によって、麒麟山に築かれた。「全山険阻な岩山のため、キツネも登れないというところから「狐戻城」と名付けられたという。」とあり。
●『阿賀町ものしりガイドブック 自然・文化・観光・歴史』(阿賀町ふるさと検定実行委員会/編著 阿賀町ふるさと検定実行委員会,新潟日報事業社(発売) 2010)
→p50「狐火」「阿賀町では、これを「狐の嫁入り」と呼んでおり、町内のあちこちでその話を聞くことができる。麒麟山は、狐火がよくみられた場所とされ、麒麟山に狐火が灯ると豊作になるとも、狐火は麒麟山の稲荷様が灯すともいわれていた。」
→p19「金上稲荷神社」
●『東蒲原郡史蹟誌』(寺田徳明/編 名著出版 1975)
→p99~102「麒麟山」100pに「(略)今又金上氏の守護神倉稲魂命の旧祠を改造して神威を新たにし兼ねて山上の風光を加えんとし(後略)」との記述はあるが、稲荷社の灯を想起させる記述はなし。
2010年刊行の『阿賀町ものしりガイドブック』には、阿賀町に狐にまつわる伝承の存在を想起する記述があるが、具体的なエピソードはなし。町史等にも関連する記述は見つからない。
2 郷土人物/雑誌記事データベースで郷土誌の記事を検索する
「麒麟山」「狐火」「狐」「阿賀」「津川」等のキーワードで検索し12件の記事を抽出。
以下の雑誌記事中に、「狐火」に関する記述があるのを確認。
●「狐火のふるさと津川をたずねて」(角田義治 『阿賀路』19 p76~80)
→昭和53年5月に津川町(当時)で開催された「狐火を語る座談会」のレポート。具体的な体験談の記録あり。
●「麒麟山に吹く山嵐」(赤城源三郎 『蒲原』65 p33 – 39)
→「一、麒麟山上の西郷四郎の碑」という記事中に「狐火」と「白狐」の伝承に関する記述あり。記事中には「狐火という不思議な現象がある。(中略)八王子の角田義治さんという人だが、麒麟山へも来られた。そして、世界中で狐火の一番出るのは麒麟山であるという折紙をつけてくれた。」との記述あり。
●「”奇祭・狐の嫁入り行列”復活」(大江安雄 『阿賀路』29 p99)
→「町村の主なできごと」として「”奇祭・狐の嫁入り行列”復活」の記事あり。この中に「「しろやまのばけぎつね」と言って、「麒麟山に狐が住んでいた」と子供の頃から聞かされていた。」との一文あり。
上記以外の記事は麒麟山にあった狐戻城及び城主に関する論考で、ほかに狐火関連の伝承は見当たらない。
改めて「狐火」「狐の嫁入り」とはどういった現象なのか、怪異現象、妖怪の側面から調査を進める。
3 怪異現象や妖怪に関する本を調べる
●『日本怪異妖怪大事典』(小松和彦/監修 小松和彦,常光徹,山田奨治,飯倉義之/編集委員 東京堂出版 2013)
→p190-191「きつねび【狐火】」「京都の狐信仰が中世に稲荷信仰と結合し全国に拡散したことから、狐火の伝承も地方地方の土着の信仰を取り込みながら全国的となった。」とある。
さらに「出没場所は山が多いが、川や池などの水辺も多い」「出没する日時は、例えば王子稲荷では、冬・夏を問わず、また、夕方から夜中・朝方まで目撃されており、やはり稲荷の使いとされる伝承もある。」とのこと。
●『日本国語大辞典 第4巻 きかく-けんう』(第2版 小学館国語辞典編集部,日本国語大辞典第二版編集委員会/編集 小学館 2001)
→p190「きつねの嫁入り」「①夜、山野で狐火が連なっているのを、狐の嫁入りする行列の提灯と見ていったもの。②日が照っているのに、小雨の降ること。」とあり、【方言】①夜、山野に無数の提灯のように現れる怪火。新潟県佐渡352 三島郡375 岐阜県飛騨502
→p194「きつねび(狐火)」「①(狐の口から吐き出されるという俗説に基づく)闇夜、山野に出現する怪火。②芝居で樟脳火をいう③植物「のげいとう」の異名。④きのこ「ほこりたけ」の異名」とある。
●『日本怪異妖怪事典 中部』(朝里 樹/監修,高橋 郁丸,毛利 恵太,怪作戦テラ/著 笠間書院 2022)
新潟県内の伝わる「狐」または「怪火」にまつわる伝承の記述は以下のとおり。いずれも「狐火」には合致しない。
→p19~20「火井」 ※天然ガス井戸
→p24「ゴヘイギツネ」 ※狐に化かされる話
→p24~25「権五郎火」 ※殺された権五郎の遺念
→p30「鈴木化け物」 ※鈴木永正という長者の屋敷付近で見られた火の玉。人魂
→p40「八石山の火の玉」 ※非業の死を遂げた女性の人魂
→p397「みの虫」 ※新潟県では「蓑虫火」として伝わる。
4 上記3で見つかった情報の出典を確認する
●上記の『日本国語大辞典 第4巻』の【方言】にある「新潟県佐渡352」は、『佐渡方言辞典』(広田貞吉/著 広田貞吉 1974)を指す。内容を確認したが、p69に「きつねのよめいり 無数の提灯のように現れる鬼火。…岐阜県郡上郡」とあるのみ。次に「三島郡375」は『北潟史料出雲崎』を指すとあるが、『北越史料出雲崎』(西沢新次/編 佐藤書店 1906)の誤植と思われる。1977年刊行の復刻版で内容を確認したところ、p265「口碑伝説」に「夜陰往々、狐の嫁入りと称して、山の越の辺、青火の点々とし、或いは消え、或いは燃えて、無数の提灯の連なるに似たるあり。」との記述あり。
●『出雲崎町史 民俗・文化財編』(出雲崎町史編さん委員会/編 出雲崎町 1987)
→p528~529に「言語伝承」として、大正生まれ2人の人物の体験談「狐の嫁入り(狐火)(一)」・「狐火(二)」が掲載されている。
新潟県内で狐による怪火に関する伝承が確認できたのは、現時点では出雲崎町と阿賀町。
出雲崎町は県中部の海岸部に位置し、阿賀町は県北部の中山間地域に位置する。県内各地に伝承が残っている可能性がある。
5 調査対象を県内全域に拡大する
県内の市町村史すべての内容を網羅的に確認することは難しいため、各種データベースを活用し、県全域の伝承・流布の実態を調査する。
●俗信データベース(動植物編):国立歴史民俗博物館
→フリーワード:キツネand伝承地:新潟and検索対象:すべて→14件ヒット
狐火に該当するのは、『妙高高原町史』(妙高高原町史編集委員会/編著 妙高高原町 1986)に掲載されている「キツネの嫁入り」に関する記述1件のみ。
●国立国会図書館デジタルコレクション
キーワード:狐火andコレクション:すべてand出版地:新潟→39件ヒット
キツネの嫁入りandコレクション:すべてand出版地:新潟→2件ヒット
狐の嫁入andコレクション:すべてand出版地:新潟→18件ヒット
県内各地の市町村史に狐火の目撃談が掲載されていることが判明。
6 上記5で見つかった情報の出典を確認する
下越地域(県北部)
●『近世大江山村郷土史 第2巻』(田村順三郎/編 大江山村 1951)※新潟市江南区
→p184「迷信 怪火。狐狸に関するもの」(1)(略)狐火の點々つらなるのを見て狐の嫁入りする行列の提燈であると考えたのである。
●『岩樟舟夜話』(改訂版 中村忠一/著,村上市教育委員会/改訂 中村忠一 1973)※村上市
→p82~84 五郎さぎつねとおさんぎつね ※火事だと人を化かす話
●『朝日村の民俗 高根・塩野町地区(朝日村文化財報告 第2集)』 (朝日村教育委員会/編 朝日村教育委員会 1977)※村上市
→p115「イナリ 中原野から黒田にかけてはキツネが存分多かった。キツネのことをイナリサマとよびイナリサマは生き神で恐ろしく、また人に憑く。(中略)関口にはオセン、オマンギツネという夫婦狐がいた。キツネビがたったり、ミノムシが行く(キツネノヨメイリ)こともあった。
●『村松町史 資料編 第5巻 民俗』(村松町史編纂委員会/編 村松町教育委員会事務局 1979))※五泉市
→p720~721 「ゲンザブロウがオマツを嫁とりするといって、大正一〇年ころには狐火がポカポカ行ったり来たりした。昭和四、五年ころ、村川喜久次と妻ハルは、狐の嫁とりをみた。(後略)」
●『ふるさとの百年 村上・岩船 写真集』(新潟日報事業社出版部/編 新潟日報事業社 1981)※村上市
p19「瀬波温泉下田池」の写真キャプションに「大正初め頃まで狐の嫁入りの灯が見えたという」とあり。
中越地域(県中部)
●『南魚沼郡志』(南魚沼郡教育会/編 南魚沼郡教育会 1920)
→p830「狐狸は明治十年頃迄は多く棲息し随って狐憑、貉憑、狐火等の怪も盛んに説れたりしが、今は狐狸も著しく減少したり」
●『岩塚村誌』(岩塚村教育委員会/編 岩塚村教育委員会 1955)※越路町→長岡市
→p448「狐の嫁入り(狐火)狐火明治二十年頃まで、日が全く暮れた頃になると、中島と朝日の間に毎晩のように二十間程つづいた火が見えた。(中略)今は其の事なし。」
●『堀之内町史』(堀之内町史編集委員会/編 堀之内町史編集委員会 1959)※魚沼市
→p935~936「口碑伝説 その二 狐火事の由来」文政十一年堀之内大火の原因を狐火とするもの。
※p819~821「火災」文政十一年戌子年五月五日堀之内村大火
●『大面村誌 三南地方の歴史』(大面村誌編集委員会/編 栄村公民館大面支部 1966)※栄町→三条市
→p645「4.火の玉「明治二十年頃、(中略)その村の火葬場か火の玉が出て(中略)二階から家の中へ飛び込んで乱暴を働いた。」「明治三十八年頃の戦役前後には、よく火の玉がとんだ。この地方で火の玉を見たという人は、大抵この時見たのだという。」
→p646「11.怪火」「12.蓑虫」「13.狐の嫁取」 ※「動物の話」に収録されているのは狐が人を化かす話
●『栄村誌 民俗・文化史料篇』(栄村誌編さん委員会/編 栄町 1982)※栄町→三条市
→p418~419「六 三光のお夏狐 (中略)二人で三光の方を見ると狐火が十も十五も見えるので二人は「又いたづらをやっていやがる」などと話ながら歩くと石綿さんの曲り目から西の方で盛んについたり消えたりして、(後略)」
●『川西町史 資料編 下巻 川西町史編さん委員会/編 川西町 1986)※十日町市
→p665「物のケ(怪)とまじない」(中略)山裾の灯りは狐の嫁入りで、(中略)狐や狸に化かされた話は大正末年までまことしやかな内容をもって話されていたし、化かされた体験談が真面目に通用していた。
特に県北部の下越地方と県中部の中越地方の市町村史に、逸話や目撃談が散見される。
大正時代までは、県内各地で狐火とされる現象が見られたとの記録があった。
- NDC
-
- 民間信仰.迷信[俗信] (387 10版)
- 参考資料
- キーワード
-
- 狐火
- 狐の嫁入り
- 怪火
- 備考
- 新潟県立図書館 郷土人物・雑誌記事索引データベース検索画面(https://opac.pref-lib.niigata.niigata.jp/jz/opac/search-detail.do?lang=ja)
- 登録番号
- 2000030349