レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2026年01月14日
- 登録日時
- 2026/03/08 09:16
- 更新日時
- 2026/03/08 09:16
- 管理番号
- 千県中千葉-2025-06
- 質問
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解決
千葉市の縄文時代の海岸線がわかる図が掲載されている資料を知りたい。できれば現在と見比べられるとよい。
- 回答
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以下の資料が見つかりました。
【資料1】『縄文海進 海と陸の変遷と人々の適応』
p64-66「市川・船橋~千葉における海の侵入と貝塚」のうちp65に「図27 千葉県市川市~千葉市における縄文海進最盛期の海岸線の位置と主な貝塚遺跡」があり、現在の地図と重ねるようにして当時の海岸線が示されています。
【資料2】『千葉市立加曽利貝塚博物館開館20周年記念特別講座講演集』
(全国文化財総覧 https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/article/121166)
(国立国会図書館デジタルコレクション送信サービス https://dl.ndl.go.jp/pid/13220735/1/102)
p189-206杉原重夫「千葉市付近における縄文時代の海岸線の位置と古地理」に以下の図が掲載されています。
p192「第2図 千葉市付近の沖積層基底地形」に6000~7000年前の推定海岸線、4000~5000年前の推定海岸線が記されています。駅の線路も書かれています。
p199-201「第4図A~C 千葉市付近における縄文時代の古地理」には、それぞれ年代別の海岸線が示されています。
p203には「第4図D 千葉市付近における現在の地理」があります。
【資料3】『千葉県の自然誌 本編2 千葉県の大地』
p3-6「下総台地の開析谷中の谷底低地」のうちp6に「図1-5 千葉市付近の地形分類と沖積層基底の地形(貝塚ほか 1979)」があり、千葉市付近の現在の海岸線と約6000年前・約3500年前の推定海岸線が示されています。ただし、現在の地図は埋め立て前のものです。
【資料4】『加曽利貝塚 東京湾東岸の大型環状貝塚』
p85-89「海蝕台と海蝕崖」のうちp85に「図42 千葉市付近の地形分類と海蝕崖の食い違い(貝塚ほか 1979に加筆)」があります。【資料3】とほぼ同様の図です。
【資料5】『東京湾変遷模型原図 東京都江戸東京博物館調査報告書 第1集』
「④有楽町海進の極相期頃(約6千年前)」の地図があり、現在の地形図と重ねるようにして当時の海岸線が示されています。ただし、千葉市部分は海岸線が奥まっており、一部地図の範囲外になっている箇所もあります。
- 回答プロセス
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1.JapanKnowledgeを「縄文時代」で検索。「日本大百科全書」には「時期については諸説あるが、1万2000年前ごろから2400年前ごろまでという説が有力」とあり、「国史大辞典」には草創期について「約1万2千年前から1万年前の間」、晩期について「紀元前1000-300年」とあり。
2.過去のレファレンス記録より、【資料3】を発見。なお、【資料3】の引用元は貝塚ほか「千葉県の低地と海岸における完新世の地形変化」(『第四紀研究』第17巻第4号 1979)p189-205だが、当館未所蔵のため確認できず。
また、【資料3】p20「図1-20 関東平野の変遷を示す立体古地理図(貝塚ほか 1985)」には縄文前期などの立体古地理図が4つ掲載されているが、千葉市部分が詳しくわからないため紹介せず。
以下の資料も確認したが、千葉市部分が詳しくわからないため紹介せず。
・『房総の歴史 千葉県のすべてがわかる』(樋口誠太郎著 千葉県書籍教材 1995)p22「図Ⅰ-13 貝塚の分布から見た当時の海陸状況」千葉県の北~中央部について「当時の入海」の範囲が示されている。
・『千葉県の歴史 通史編原始・古代1』(千葉県史料研究財団編集 千葉県 2007)p68「図22 関東平野の古地理の変遷」約50~13万年前から約6千年前までの年代別に6つの図あり。p161「図52 東京湾の古地理と貝塚の分布」千葉県の西部~南部について、縄文時代早期から後期までの4つの図あり。p219「図81 南関東における主要貝塚と海岸想定線」縄文時代早期末より前期中葉の海岸想定線が示されている。
・『千葉県の歴史 資料編考古1 旧石器・縄文時代』(千葉県史料研究財団編集 千葉県 2000)「第Ⅰ部 本書を理解するために」p44「72 貝塚からみた海岸線」縄文時代前期・後期の2つの図あり。
以下の資料も確認したが、千葉市は含まれていなかった。
・『千葉県の自然誌 本編1 千葉県の自然』(千葉県史料研究財団編集 千葉県 1996)p74「図2-13 九十九里平野の変遷」に縄文時代含む5つの図が掲載されている。
3.千葉県資料室開架の請求記号「C20(千葉県の歴史)」の棚を探索。以下の資料を確認したが、千葉市部分が詳しくわからないため紹介せず。
・『房総考古学ライブラリー 2 縄文時代』(千葉県文化財センター編集 千葉県文化財センター 1985)p171「第81図 南関東における縄文早期~前期主要貝塚と早期末より前期中葉の海岸想定線(江坂 昭和40年より一部改図)」
・『房総考古学ライブラリー 3 縄文時代』(千葉県文化財センター編集 千葉県文化財センター 1987)p266「第108図 早期末~前期中葉の海岸想定線(江坂 昭和40年を一部改変)」
・『房総のあけぼの 1 貝塚と弥生のむら』(千葉県教育庁文化課編集 千葉県教育委員会 1984)p35「関東地方の古地図」縄文時代前期海進最盛期のころ(約6千年前)等の図あり。
4.千葉県資料室開架の請求記号「C231(千葉市の歴史)」の棚を探索。【資料4】を発見。以下の資料も確認したが、千葉市部分が詳しくわからないため紹介せず。
・『千葉市史 第1巻 原始古代中世編』(千葉市史編纂委員会編集 千葉市 1974)p41「2-6図 縄文時代の海進・海退想定図(江坂輝弥による)」
5.千葉県立図書館図書・雑誌・視聴覚資料検索で千葉県関係資料を全項目「海進」で検索。【資料1】を発見。以下の資料も確認した。
・『貝が語る縄文海進 南関東、+2℃の世界』(松島義章著 有隣堂 2010)p17「図1-1 関東平野における貝塚の分布からみた縄文時代の陸と海の分布図(東木,1926)」があるが、千葉市部分が詳しくわからないため紹介せず。p100「房総半島南端部の約8000~7000年前の貝類群集の分布と海岸線(松島,1979に加筆)」には千葉市付近はなし。
・『貝塚より見た千葉市附近の海進海退』(伊藤和夫[著] [早稲田大学考古学会] [1958])※『古代』第28号(早稲田大学考古学会 1958)の抜刷 海岸線を示した図は掲載されていない。
・『南関東における縄文海進に伴う貝類群集の変遷』(松島義章著 [1979])※『第四紀研究』17巻4号(日本第四紀学会 1979)の抜刷 p249,250に房総半島南端の古地理図があるが、千葉市付近の図はなし
・『論集江戸川』(「論集江戸川」編集委員会著 「論集江戸川」編集委員会 2006)p326-331大矢雅彦「関東構造盆地運動と縄文海進」には海岸線を示した図は掲載されていない。
6.【資料1】の周辺の棚を探索。【資料5】を発見。
7.千葉県関係データベース「菜の花ライブラリー」(https://www.library.pref.chiba.lg.jp/nanohana/)を「千葉市 海岸線」で検索したが、関連する資料は見つからなかった。
8.CiNiiを「千葉市 海岸線」で検索。【資料2】を発見。
(インターネット最終アクセス:2026年1月16日)
- 事前調査事項
- NDC
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- 地史学.層位学 (456 9版)
- 地形学 (454 9版)
- 関東地方 (213 9版)
- 参考資料
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- 【資料1】『縄文海進 海と陸の変遷と人々の適応』(遠藤邦彦著 冨山房インターナショナル 2022)(0201154670)
- 【資料2】『千葉市立加曽利貝塚博物館開館20周年記念特別講座講演集』(千葉市立加曽利貝塚博物館編集 千葉市立加曽利貝塚博物館 1988)(9200332906)
- 【資料3】『千葉県の自然誌 本編2 千葉県の大地』(千葉県史料研究財団編集 千葉県 1997)(0200677630)
- 【資料4】『加曽利貝塚 東京湾東岸の大型環状貝塚』(村田六郎太著 同成社 2013)(0200983008)
- 【資料5】『東京湾変遷模型原図 東京都江戸東京博物館調査報告書 第1集 常設展示製作に伴う調査報告 1』(東京都江戸東京博物館 1994)
- キーワード
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- 縄文時代(ジョウモンジダイ)
- 海進(カイシン)
- 千葉市(チバシ)
- 海岸線(カイガンセン)
- 縄文海進(ジョウモンカイシン)
- 有楽町海進(ユウラクチョウカイシン)
- 地図(チズ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000381542