レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2025年12月16日
- 登録日時
- 2025/12/20 16:51
- 更新日時
- 2026/01/06 10:18
- 管理番号
- 中205
- 質問
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解決
①松本市にある三才山の由来は何か
②三才山神社はあるか。あるとすれば厄年として数え男女二歳は該当するのか
- 回答
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①「地名由来は、諏訪郡内から御射山社(御射神社秋宮)を勧請したことによるという。」-角川日本地名大辞典20 長野県p1050
松本市史第四巻 旧市町村編Ⅳにて同様の記載を確認。
②「三才山神社」と表記される神社は確認できず。
松本市史第四巻 旧市町村編Ⅳを確認したところ、三才山村には「御射神社秋宮」があり、「浅間村の同社春宮とあわせたものが 本郷六カ村の総鎮守であった。」との記載あり。
また、本郷村誌に明治44年に行われた神社合併の一覧が記載されており、御射社秋宮に合併された無格社として「三才山西ノ山鎮守社」の記載を確認した。
「歴史の道調査報告書 45」には、三才西ノ山鎮守社跡の標柱に「「この社は腹守様といわれ、二歳児がお参りすると赤痢を病まないと伝えられる。」と説明が書かれている。」との記載あり。
厄年に関する直接的な記載は確認できず、二歳児を対象とした厄除けに関する記載は以上。
- 回答プロセス
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①⑴地名由来の調査だったため当館所蔵資料の「角川日本地名大辞典」を確認。
「三才山村」の由来について確認。
⑵「三才山村」について当館の所蔵資料を調査。
「松本市史」「本郷村誌」を確認し、「角川日本地名大辞典」記載の由来と同様の記載であることを確認した。
「松本市史」には文禄年間には「三斉山村」と記載されていたとの記載を確認したが、名称変更の理由等については確認できなか った。
②⑴「本郷村誌」にて「三才山村」を調査中、「三才山西ノ山鎮守社」の記載を確認。
明治44年の神社合併の対象だったことを確認したが、詳細については不明。
⑵松本市図書館所蔵資料から「三才山」をキーワードに検索。
該当資料を確認中、「歴史の道調査報告書45 三才山道」に三才西ノ山鎮守社跡の標柱の記載を確認。
その他、厄年・厄除けに関する記載を確認することができず調査を終了した。
- 事前調査事項
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(質問者事前調査事項)諏訪大社および御射山神社の厄年には数え2歳男女が諏訪地域では該当。
- NDC
- 参考資料
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- 角川日本地名大辞典 20 , ISBN 4-04-001200-3 (「角川日本地名大辞典」編纂委員会/編)
- 松本市史 第4巻-Ⅳ (松本市/編集)
- 本郷村誌 (本郷村誌編纂会/編)
- 歴史の道調査報告書 45 三才山道 (長野県教育委員会/著)
- キーワード
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- 三才山
- 御射神社
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土 地名
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000378337