■回答概要
長崎市元船町にある「大波止の鉄玉」は2007年(平成19年)5月1日、長崎市の指定有形文化財となりました。
その由来については、島原の乱の際に造られた説や西洋から輸入した大砲の玉説など諸説あり、
呼び名も「鉄玉」の他に「鉄砲玉(てっぽんたま)」「玉」「鉄丸」などさまざまです。
詳しくは、下記の資料でご確認ください。
■以下の資料をご紹介します。
①『長崎市の文化財 第10版』
【長崎市教育委員会 編集/越中 哲也[ほか] 監修/長崎市教育委員会/2009/N709.1ナ】
「15.大波止の鉄玉(別名 鉄砲玉)」の項に、市指定有形文化財に指定された年月日や
所在地、管理者、大きさ、製作時期などを記載。(p.33)
②『明治維新以後の長崎』
【長崎市小学校職員会 編纂/臨川書店/1973/N291.93メ】
「第二十章 史蹟記念遺蹟 第二節 記念遺蹟」に「第一 大波止鐡砲丸」の項があり、大波止に
設置した経緯や大きさなどを紹介している。(p.577)
③『長崎談叢 第1輯〜7輯』
【雄松堂書店/1968/N051ナ】
1928年(昭和3年)から1930年(昭和5年)に藤木博英社から出版された資料の復刻・合本。
第1輯収録の「時鐘と鐡砲玉」(渡邊停舟 著)に、鐡砲玉が作られた目的や大波止に設置された
経緯についての説が掲載されている。(p.66-67)
④『史談切り抜き帳 長崎おもしろ草 第2巻』
【丹羽 漢吉 著/長崎文献社/1977/N219.3ニ】
「タマはあれども… 長崎七不思議・大波戸の鉄砲ン玉をキる」の項で、呼び名や
諸説ある由来、大きさなど複数の文献を引用しながら鉄玉についての見解を述べる。(p.117-126)
⑤『ながさきの空 第19集』
【長崎歴史文化協会 編集/十八銀行/2008/N219.3ナ】
論稿「『大波止の鉄玉』の紹介」(佐々田学 著)で、諸説ある由来を紹介。実際に計測した寸法や
市有形文化財としての正式名称が「大波止の鉄玉」に決定した経緯なども記載されている。(p.7-8)
⑥『長崎文献叢書 第1集・第3巻 長崎名勝圖繪』
【饒田 喩義 編述/打橋 竹雲 圖画/丹羽 漢吉 訳著/長崎文献社/1974/N219.3ナ】
文化・文政年間に執筆したとされる「長崎名勝圖繪」。本書は、昭和6年に長崎史談会により
活字化されたものを、さらに昭和49年に丹羽漢吉が平易な文体に訳したもの。
「巻之五下 市中之部 327 大波止」の項で「鐡丸」として紹介し、造られた経緯について
2つの説を記述。図はなし。(p.318)
⑦『幕府時代の長崎』
【長崎市役所 編著/名著出版/1973/N219.3バ】
「第十二章 名勝舊蹟」の「大波止」の項に、大波止に鐡砲玉があることの一文あり。(p.369)
同じ章の「大波止鐡砲玉」の項には、由来や大きさ、使用している火薬の量などの記述がある。(p.395)
また、収録されている図版の中に「大波戸」の図があり、中心付近に鉄砲玉が描かれている。
(p.318とp.319の間にとじ込み)
⑧『長崎文献叢書 第2集第1巻 長崎古今集覧名勝図絵』
【[石崎 融思 著]/長崎文献社/1975/N219.3ナ】
石崎融思が描いた「蘭船入津之図」とその解説あり。(解説p.45-46、図p.182-183)
解説には、図の中に「鉄炮丸(テッポンタマ)」が描かれていることの記述がある。
⑨『長崎古版画』
【野々上 慶一 編著/三彩社/1970/N721.8ノ】
彩色版図版「29.長崎八景の内 稲佐夕照」の左下に「大波戸鉄玉」として描かれている。
解説には、読み方や由来などの記述がある。(p.35)
⑩『長崎版画と異国の面影』
【板橋区立美術館/読売新聞社/2017/N721.8ナ】
2017年に板橋区立美術館で行われた同名展覧会の図録。「36 アメリカ人上陸の図」に
「大波戸テッポウ玉」として描かれている。(p.35)解説には、形状や製作時期に関する記述があり、
2017年に撮影された写真も掲載されている。(p.142-143)
⑪『『点石斎画報』にみる明治日本』
【石 暁軍 編著/東方書店/2004/N210.6セ】
19世紀末に上海で発行されていた絵入り新聞『点石斎画報』の中から、
明治期の日本に関する記事など80点を紹介。「第四章 日本の習俗と異聞」の「⑬鉄球の伝説」に、
1895年(明治28年)に金桂が描いた鉄玉の絵と、 形状や由来の記述あり。(p.136-137)
記事の原文も掲載されている。(p.212)
⑫『長崎南蛮余情 永見徳太郎の生涯』
【大谷 利彦 著/長崎文献社/1988/N289.1ナ】
永見徳太郎による大波止の鉄玉に関する説明を、『日本地理大系 第九巻』(改造社/1930)から引用して、掲載。
玉の大きさや名前の由来に関する記述あり。(p.203-204)
⑬『長崎のオランダ医たち』
【中西 啓 著/岩波書店/1993/N490.2ナ】
1828年(文政11年)8月9日の台風による被害状況などを記した書簡を紹介。
その中に、鉄玉に関する記述がある。(p.159-162)