レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2015年09月05日
- 登録日時
- 2025/03/28 16:00
- 更新日時
- 2025/05/22 17:34
- 管理番号
- 千-2024-001
- 質問
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解決
千代田区内にあった麹町小学校が「復興小学校」と呼ばれる建物だったと聞いた。
(1)用語としての「復興小学校」の意味を知りたい。
(2)千代田区(当時の麴町区・神田区)内にあった復興小学校の数は何校か。
- 回答
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(1)用語としての「復興小学校」の意味を知りたい
「復興小学校」とは、
① 関東大震災によって焼失した小学校を、② 震災復興の過程で、
③ 不燃性の鉄筋コンクリート三階建構造で再建したもの
を指す言葉である。
所蔵する建築関連・教育関連の事典類に項目として確認できなかったが、下記資料をもとにその意味合いに大きな相違がないことを確認した。
・『関東大震災と「復興小学校」 学校建築にみる新教育思想』(小林 正泰/著、勁草書房、2012年)
p1:「序章 本書の課題と先行研究」
「「復興小学校」とは、大正12(1923)年の関東大震災によって焼失した東京・横浜両都市の小学校を、不燃性の鉄筋コンクリート三階建構造で復興・再建した学校建築を指す」
・『江戸東京学事典』(小木 新造/編、三省堂、2003年)
p215:「東京市の小学校」
「関東大震災では117の市立小学校が罹災した。
(中略)校舎はすべて鉄筋コンクリート造で再建されることになった。」
(2)千代田区(当時の麴町区・神田区)内にあった復興小学校の数は何校か
旧麴町区:2校 旧神田区:13校 合計15校とする資料①②③と、旧麴町区:3校 旧麴町区:13校 合計16校とする資料④が確認できた。
この差異は、番町小学校を「復興小学校」に含めるか否かにあるが、なぜ差異があるのかについて明確に言及している資料を見出すことはできなかった。
番町小学校の取り扱いを考える上で参考となる資料⑤⑥⑦の記載を総合すると、番町小学校の新校舎の構造は「復興小学校」と同様に不燃性の鉄筋コンクリート三階建構造だが、校舎焼失の原因は震災前の「漏電による不慮の火災」であり、校舎焼失時期やコンクリート造校舎の建設着手時期が関東大震災以前であることが分かる。
①『関東大震災と「復興小学校」 学校建築にみる新教育思想』(小林 正泰/著、勁草書房、2012年)
p341:「資料 復興小学校一覧」
②『図面で見る復興小学校』 (復興小学校研究会/編、復興小学校研究会、2014年)
p40:「戦前につくられた東京市の鉄筋コンクリート造小学校リスト」
③『東京市教育復興誌』 (東京市/[編]、東京市、1930年)
p305:「復興小学校校数及学級数」
※「国立国会図書館デジタルコレクション」(ログインなし)(180コマ)https://dl.ndl.go.jp/pid/1466049/1/180
※「市政専門図書館デジタルアーカイブス」(後藤・安田記念東京都市研究所)でインターネット公開(176コマ)https://www.timr.or.jp/degitalarchives_kantodaishinsai/OE-0348/OE-0348_0176.html
④『東京市教育施設復興図集』(東京市/著、東京市、1932年)p(1):目次
※「国立国会図書館デジタルコレクション」(ログインなし)(11コマ)https://dl.ndl.go.jp/pid/1280159/1/11
※「市政専門図書館デジタルアーカイブス」(後藤・安田記念東京都市研究所)でインターネット公開(6コマ)https://www.timr.or.jp/degitalarchives_kantodaishinsai/OE-0278/OE-0278_0006.html
⑤『創立百十周年記念誌』(東京都千代田区立番町小学校創立百十周年記念事業協賛会、1981年)
p35:「大正のころ」
※「国立国会図書館デジタルコレクション」(送信サービス限定)(23コマ)https://dl.ndl.go.jp/pid/12112888/1/23
⑥『千代田区教育百年史』 下(千代田区教育委員会/編集、千代田区、1980年)
p3:「概論 震災の被害」
※「国立国会図書館デジタルコレクション」(送信サービス限定)(13コマ)https://dl.ndl.go.jp/pid/12111900/1/13
⑦『千代田区教育百年史』別巻(千代田区教育委員会/編集、千代田区、1980年)
p220:「番町小学校 本校の略歴」
※「国立国会図書館デジタルコレクション」(送信サービス限定)(116コマ)
- 回答プロセス
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(1)用語としての「復興小学校」の意味を知りたい
“Japan Knowledge Lib”で「復興小学校」をキーワードに「見出し検索」と「全文検索」を行ったが、該当する情報を見出すことができなかった。
「復興小学校」をキーワードに所蔵検索をしてヒットした資料と、東京に関する事典を確認したところ、「復興小学校」の定義にあたる内容が確認できた。
・『関東大震災と「復興小学校」 学校建築にみる新教育思想』
(小林 正泰/著、勁草書房、2012年)
・『江戸東京学事典』(小木 新造/編、三省堂、2003年)
(2)千代田区(当時の麴町区、神田区)内にあった復興小学校の数はそれぞれ何校か
「復興小学校」をキーワードに検索をしてヒットした①、②と、「復興」、「教育」をキーワードに検索をしてヒットした③、④を確認したところ、①②③と④とで記載されている校数に差異があった。
①『関東大震災と「復興小学校」 学校建築にみる新教育思想』
(小林 正泰/著、勁草書房、2012年)
②『図面で見る復興小学校』
(復興小学校研究会/編、復興小学校研究会、2014年)
③『東京市教育復興誌』
(東京市/[編]、東京市、1930年)
④『東京市教育施設復興図集』(東京市/著、東京市、1932年)
①~④の情報を比較したところ、この差は番町小学校を「復興小学校」として含めるか否かにあることが分かった。しかし、なぜ差異があるのかについて明確に言及している資料は、「復興小学校」、「復興」、「教育」をキーワードに検索した資料の中には見出すことができなかった。
上記①~③が番町小学校を「復興小学校」に含めていない理由を考えるための手がかりとして、千代田区の教育に関する基本資料⑤、⑥と番町小学校の記念誌⑦を確認した。これらの資料から、番町小学校が漏電による失火のため、震災前から鉄筋コンクリート造で再建に着手されていたことが分かった。
⑤『千代田区教育百年史 下』
(千代田区教育委員会/編集、千代田区、1980年)
⑥『千代田区教育百年史 別巻』
(千代田区教育委員会/編集、千代田区、1980年)
⑦『創立百十周年記念誌』
([東京都千代田区立番町小学校/編]、東京都千代田区立番町小学校創立百十周年記念事業協賛会、1981年)
- 事前調査事項
- NDC
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- 幼児.初等.中等教育 (376)
- 学校経営.管理.学校保健 (374)
- 各種の建築 (526)
- 参考資料
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小林正泰 著. 関東大震災と「復興小学校」 : 学校建築にみる新教育思想. 勁草書房, 2012.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I024137607 , ISBN 978-4-326-25081-3 -
復興小学校研究会 編. 図面で見る復興小学校 : 現存する戦前につくられた東京市の鉄筋コンクリート造小学校. 復興小学校研究会, 2014.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I025454114 -
東京市 編. 東京市教育復興誌 昭和5年3月. 東京市, 1930.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000764559 -
東京市 編. 東京市教育施設復興図集. 勝田書店, 1932.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000764551 -
東京市復興事業局 編. 東京市復興事業概要. 東京市復興事業局, 1926.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000590316 -
[東京都]千代田区教育委員会 編. 千代田区教育百年史 下. [東京都]千代田区, 1980.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I12111900 -
[東京都]千代田区教育委員会 編. 千代田区教育百年史 別巻. [東京都]千代田区, 1980.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000039-I12111902 -
東京都立教育研究所 編. 東京都教育史 通史編 3. 東京都立教育研究所, 1996.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002486369 -
創立百十周年記念誌. 東京都千代田区立番町小学校創立百十周年記念事業協賛会, 1981.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001661026 -
小木新造 [ほか]編. 江戸東京学事典 新装版. 三省堂, 2003.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004060997 , ISBN 4-385-15388-4 -
川島智生. 近代日本の小学校建築史 : 鉄筋コンクリート造校舎の成立と展開. 中央公論美術出版, 2024.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I033361258 , ISBN 978-4-8055-0982-1
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小林正泰 著. 関東大震災と「復興小学校」 : 学校建築にみる新教育思想. 勁草書房, 2012.
- キーワード
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- 復興小学校
- 関東大震災 (1923)
- 東京都千代田区
- 照会先
- 寄与者
- 備考
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レファレンス協同データベースに事例をアップするにあたり再確認したところ、他に参考になる資料・情報が見つかった。
(1)用語としての「復興小学校」の意味を知りたい。
・「ふっこうしょうがっこう 【復興小学校】」(Gakkenキッズネット) https://kids.gakken.co.jp/jiten/dictionary06300416/
⇒「1923(大正12)年の関東大震災で東京の多くの小学校が倒壊したため、復興事業の一環として不燃・鉄筋コンクリートの統一規格で建設された小学校校舎」
(2)千代田区(当時の麴町区・神田区)内にあった復興小学校の数は何校か。
・『近代日本の小学校建築史 鉄筋コンクリート造校舎の成立と展開』(川島 智生/著、中央公論美術出版、2024年)
p109:「第二章 東京市の小学校建築 (四)復興校舎の意義」
⇒「大正十一年(一九二二)八月に改正された東京市立小学校建築費補給規定のなかで、「己むを得ざる事情のあるものの他、木造建築を認めざるの方針」(『東京市復興事業概要』東京市役所、1927)が採られていた。このことを受けて十五区のうちの七区では震災前に鉄筋コンクリート造校舎に着手していた。(中略)麴町区では番町校(後略)」
これにより、番町小学校が「復興小学校」とは別の流れでコンクリート造の校舎に改築中であったことが確認できた。
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000365457